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■価格戦略

N社は建築用品を製造するメーカーで、業界では中堅クラスに位置している。およそ1年前から、業界内での激しい価格競争により、N社の主力商品が市場で価格崩壊を起こした。価格を維持する方針を取った結果、N社の売上はこの1年間で約10%減少することとなった。

この状況は、単に主力商品の売上減にとどまらず、関連する他の商品にも悪影響を及ぼしかねない展開となっている。さらに、最近では主要な特約店からも「値下げに応じないのであれば他社製品に切り替えるしかない」といった申し入れが寄せられるようになっている。

これまでは、状況に応じてまとまった注文に対して値引きを行ってきたものの、いよいよ現状の方針では持ちこたえられない状況に追い込まれている。社長が投げかけたのは、「値下げは避けられないが、具体的にどの程度まで値下げすべきか」という問いだ。

同業他社の価格とN社を比較すると、主要な7社のうち、2社はN社よりも10〜15%安く、3社は15〜20%安い。そして残りの2社に至っては、なんと20%以上も安い価格を提示している状況だ。

この中で、30%以上安い2社は論外として無視して問題ない。両社の製造能力は把握済みであり、合わせても市場占有率は10%程度に過ぎない。従来の占有率が約7%であったことを考えると、実際の市場影響力はわずか3%程度にとどまるに過ぎないからだ。

この点を冷静に見極めずに、30%も安値でダンピングされたことで、自社の売上がゼロになるかのような錯覚に陥り、慌ててしまうのは避けるべきだ。実際には、そのような大きな影響を受ける心配はない。ただし、この状況を流通業者に巧妙に利用され、価格を押し下げられる可能性があることが厄介だ。これが現状で最も注意すべき課題となっている。

しかし、こんな無理な安値が長続きするはずがないことを、流通業者に対して明確に説明し、防戦する必要がある。現在のように資源インフレが進み、原材料費が確実に上昇している状況では、人件費も毎年増加しており、こうしたギリギリの安値を維持するのは非現実的だ。いずれ遠からず、これらの企業も値上げを余儀なくされるのは明白である。

こうした極端な安値は、販売力の乏しい企業が用いる常套手段であり、過剰に神経質になる必要はない。一方で、問題となるのは残りの5社の価格だが、それが本当に正確な情報かどうかには確証がない。流通業者から得た情報である以上、たとえ納品書を提示されたとしても、それが最も安い条件のものを選んで見せられている可能性を考慮しなければならない。

こうした状況を踏まえると、実際のところ競合他社の価格はN社よりおおよそ10%程度安いのではないかという推測が成り立つ。もちろん、これはあくまで推測に過ぎない。しかし、その妥当性を検証する手段が存在する。そのために、私は主要な品種について〈第4表〉のような付加価値一覧表を作成してもらった。

表頭に記載された「単位当たり」の部分は、現在の状況を基に、値下げによって単位当たりの付加価値がどのように変化するかを計算したものだ。この表を分析すると、10%の値下げで付加価値は30%減少し、20%の値下げでは付加価値が半減することが明らかになる。ここに値下げの本質的な怖さがある。値下げの全額がそのまま付加価値の減少に直結するという現実を示している。

この表は、各単位当たりの付加価値に基づき、月間の販売数と付加価値額の関係を計算したものだ。仮に10%の値下げを行った場合、現在の月間販売数である500個を維持しても、月間の付加価値は90万円から62万5千円に減少する。この減少分を補うために、同じ90万円の付加価値を確保するには、月間販売数を720個に増やす必要がある。これは、販売数量を44%増加させなければならないことを意味する。値下げによる負担が、販売量の増加という形でどれほど大きいかが浮き彫りになっている。

現実的に見て、月間販売数をこれほど増やすのは困難だが、10%の値下げでどの程度売上数が伸びるのかが重要な焦点となる。この判断は、単なる販売目標の問題ではなく、現在10%減少している市場占有率を回復するという至上命令に直結している。主力商品を市場から撤退させる選択肢がない以上、占有率の回復策として値下げがどれだけ効果を持つかを慎重に見極める必要がある。

値下げによる売上数の増加は、他の条件が一定である場合、ランチェスター理論に基づけば「価格の二乗に逆比例する」とされている。したがって、10%値下げを行った場合、理論上は売上数が20%増加すると予測される。しかし、現実には他社より高値を設定しているというハンデが存在するため、実際の伸び率は20%を下回ると見ておくべきだ。このように、値下げ効果を定量的に予測できる点がランチェスター理論の強みであり、戦略的な意思決定に役立つ要素である。

仮に値下げによる売上数の増加を控えめに10%増と見積もると、占有率は回復可能だ。しかし、その場合、月間の収益は68万7千円にとどまり、現在の90万円から20万円以上の減少となる。この結果は、市場戦略の観点からは占有率を回復できたことで一定の成功と見なせるが、その裏には収益の減少という大きな犠牲が伴っている。このように、占有率回復と収益性維持のバランスを取ることが、経営判断における最も難しい課題であることが浮き彫りになる。

もし10%の売上数の増加すら達成できない場合、それは値下げ幅が不足していると判断せざるを得ない。この場合、さらなる値下げ、つまり再値下げに踏み切る必要が出てくるだろう。しかし、再値下げを行えば、収益性のさらなる悪化が避けられず、経営基盤に深刻な影響を及ぼす可能性が高まる。このような状況では、値下げ以外の市場戦略やコスト構造の見直しを同時に検討することが不可欠だ。

一方で、売上数が10%以上伸びれば、市場戦略的には成功と言える。この場合、収益減という犠牲も無駄ではなく、市場占有率回復という成果に対する投資とみなすことができる。そして、その収益減については、別の方法で補填を試みるべきだ。例えば、外部からの仕入れ価格の見直しや交渉によるコスト削減を図ることで、収益性の一部を回復する方向を検討する。このように、収益減少を補完する施策を同時に実施することで、値下げによる影響を最小限に抑えながら、戦略の成功を確実なものにする道が開ける。

価格戦略は、常に「占有率を維持する」という最低限度の目標を満たすことが基本である。この原則を忘れるべきではない。ただし、これが価格戦略の基盤であることに変わりはないが、それが戦略の「すべて」ではないことを認識しておく必要がある。価格だけに頼るのではなく、製品価値の向上や市場への独自アプローチなど、他の戦略的要素を組み合わせることで、より持続可能で効果的な競争力を確立する必要がある。

それは、強者が明確な市場戦略のもと、意図的に低価格政策を打ち出し、弱者を市場から排除したり、後発の追随を断ち切る場合だ。松下電器やトヨタがしばしば採用するこの戦略は、圧倒的な資本力と生産効率を背景にした、極めて効果的な手法として知られている。競争相手に大きなプレッシャーを与え、優位性をさらに拡大するための典型的な強者の戦略と言える。

このような戦略は、他社に劣らない商品力と強力な販売力があって初めて成立するものであり、誰にでも真似できるものではない。もし商品力が弱く、販売網も貧弱な状態で、単に価格を下げるだけでは逆効果になる。流通業者からの信頼を失い、市場での立ち位置が危うくなるだけでなく、自社の収益を大きく削り取ってしまう危険性がある。価格戦略だけに頼るのではなく、全体的な事業力の向上を伴わなければ、単なる値下げはむしろリスクを高めるだけだ。

価格戦略の考察

1. 過当競争による値崩れとその影響

N社は、建築用品のメーカーであり、業界内での地位は中堅に位置していましたが、最重要商品の価格が業界の過当競争によって値崩れを起こし、売上が約10%減少しました。このような価格競争の中で、N社は「値下げは止むを得ないが、どの程度の値下げをすればよいか」という問題に直面しています。過度な値下げは、単に売上を一時的に増やすことができても、長期的には企業の利益やブランド価値を損なうリスクを伴います。

2. 競合分析と市場影響力

N社が直面しているのは、価格が1割〜2割安い他社との競争です。そのうち、30%以上も安値で販売している企業は市場で大きな影響力を持たないため無視できますが、残りの企業はN社にとっての競争相手です。この場合、N社が注目すべきは、流通業者との関係です。流通業者が安値を利用して値下げを要求してきており、この点がN社にとっての「厄介な問題」となっています。

3. 価格戦略の基本原則:占有率の維持

N社は、どの程度の値下げを行うべきかを判断する際、最も重要な基準として「占有率を維持する」ことを念頭に置かなければなりません。占有率の維持は、企業の市場での立ち位置を確保するために最も重要な要素です。値下げを行うことで売上が増える可能性はありますが、その売上増加が利益の減少を上回らなければ、結局は収益性を損なうことになります。

4. 付加価値一覧表による検討

N社が値下げの影響を検討するために使用したのが「付加価値一覧表」です。この表を使って、値下げによる単位当たりの付加価値の変化を計算しました。例えば、10%の値下げを行うと、付加価値は30%減少し、20%の値下げでは付加価値が半減することが示されています。このデータは、価格戦略がどれだけ企業の利益に影響を与えるかを明確に示しており、安易な値下げがいかに企業にとって危険であるかを教えてくれます。

5. 価格戦略の計算:売上数と収益性

具体的に、N社が10%の値下げを行った場合、月商500個の販売で付加価値が90万円から62万5千円に落ちてしまいます。これを回復するためには、売上を約44%増加させなければなりません。しかし、この増加が実現するかどうかは不確実であり、実際にはそのような伸びが見込めない可能性も高いです。その場合、値下げの全額が収益の減少となり、占有率は回復しても、利益は減少することになります。

6. ランチェスター理論と価格戦略

ランチェスター理論では、価格の二乗に逆比例して市場占有率が変動するとされています。したがって、N社が10%の値下げを行った場合、競合他社と比較して占有率が増加するのは、最大でも20%程度であると予測されます。しかし、占有率が回復するだけでは、利益は減少したままです。このため、N社が市場戦略として価格だけに依存していくことは危険であり、収益を増加させるためには価格以外の要素、例えば商品力や販売力を強化する必要があります。

7. 価格戦略のまとめ

N社が直面している価格戦略の課題は、競合の価格戦略に引きずられることなく、占有率を維持するための適切な価格設定を行うことです。過度な値下げは一時的に占有率を回復させるかもしれませんが、その影響が利益を削る結果になる可能性が高いため、慎重に進める必要があります。

  • 価格戦略の基本は占有率の維持
  • 値下げによる利益減少を理解する
  • ランチェスター理論に基づき、価格戦略は慎重に設定する
  • 収益性を保つために、価格以外の要素を強化することが重要

これらの要素を総合的に考慮し、N社は価格戦略を再検討し、適切な調整を加える必要があります。

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