孟子は、**現実的な利益への備え(利)と、人間性の根本たる道徳的修養(徳)**の両方に通じていることの大切さを語った。
利に明るく用意周到な者は、たとえ凶作や飢饉の年であっても、命を落とすことはない。
同様に、徳を積み、心を磨き続けている者は、どんなに世が乱れ、風紀が崩れていても、心を乱されることはない。
生きるための知恵(利)と、生き方そのものを支える徳(道徳・人格)。
この二つに通じている者は、時代の混乱や災厄にも揺るがぬ力を持つ。
これは、実利主義と精神主義を対立させるのではなく、「両立すべき要」として捉えた孟子のバランス感覚を物語っている。
吉田松陰はこれを「一句は治国の要、一句は修身の効」と評価し、国家運営と個人修養の根本原理として読んだ。
つまり、「利に周き」は現実に備える力、「徳に周き」は心の揺るぎなさを意味する。
孟子の言葉は、備えと品格の両立が、真の強さとなることを教えてくれる。
引用(ふりがな付き)
「孟子(もうし)曰(いわ)く、利(り)に周(あまね)き者(もの)は、凶年(きょうねん)も殺(ころ)すこと能(あた)わず。徳(とく)に周(あまね)き者(もの)は、邪世(じゃせい)も乱(みだ)すこと能(あた)わず」
注釈
- 利に周き者…現実的な経済・生計・社会生活に通じ、備えや工夫に抜かりがない人。
- 凶年…飢饉や不作など、災厄の年。
- 徳に周き者…道徳的修養を積み、人格的に成熟している人。
- 邪世…世の中が乱れ、道が廃れた時代。混乱の象徴。
- 周き(あまねき)…あまねく通じ、隅々まで備えがあるさま。深く理解し、実践していること。
1. 原文
孟子曰、于利者、凶年不能殺;于德者、亂世不能亂。
2. 書き下し文
孟子(もうし)曰(いわ)く、利(り)に周(あまね)き者は、凶年(きょうねん)も殺(ころ)すこと能(あた)わず。
徳(とく)に周き者は、乱世(らんせい)も乱(みだ)すこと能わず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 于利者、凶年不能殺。
→ 経済的に行き届いている者は、飢饉の年であっても命を落とすことはない。 - 于德者、亂世不能亂。
→ 道徳的に優れていて揺るぎない人は、どんな混乱の世にあっても心を乱されることはない。
4. 用語解説
- 于利(りにあまねし):利=経済的・物質的な備えが周到であること。「利に於いて備えがある」とも。
- 凶年(きょうねん):天災・飢饉・不作など、災いの多い年。
- 殺す(ころす):ここでは直接的な“殺害”ではなく、「生存を脅かす」あるいは「死に至らしめる」意。
- 于德(とくにあまねし):道徳・精神の備えが充実していること。
- 亂世(らんせい):秩序が乱れ、人心が動揺しやすい時代。戦乱・政変・社会の混迷を指す。
- 乱す(みだす):心をかき乱す、信念を揺るがす。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言った:
「経済的に備えのある者は、たとえ飢饉の年が来ても命を落とすことはない。
道徳的に備わっている者は、たとえ世が乱れていても、心を乱されることはない。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孟子が説く「内なる充実が外的困難に勝る」という思想を凝縮しています。
- **物質的な備え(利)**がしっかりしていれば、天災や飢饉といった外的リスクにも倒れない。
- **精神的な備え(徳)**が充実していれば、戦乱・混乱・不安といった時代の荒波にも心を揺さぶられず、冷静さを保つことができる。
すなわち、孟子は「外に惑わされない力」の根源として、備えと人格の完成を強調しているのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「平時の備えが、有事に力を発揮する」
- 財務体力・在庫・供給網などの**経済的インフラ(=利)**を普段から整えておくことが、危機(凶年)への生存力となる。
- 危機は避けられないが、「備えがあるかどうか」で生き残りが決まる。
「揺るがぬ“理念”が、組織を守る」
- 不況・競争激化・社内混乱といった**“乱世”**にあっても、**理念・価値観・ミッションが明確な組織(=徳に周き者)**はぶれない。
- パニック時に真価を発揮するのは、経営陣の内的成熟と哲学の有無。
「“利”と“徳”の両輪経営」
- 単に稼ぐ力(利)だけでなく、長期的ビジョンや文化(徳)を持つ企業こそが、激変の時代を乗り越える。
- バランスよく備えた者が、変化に強いリーダーとなる。
8. ビジネス用心得タイトル
「備えある者は倒れず──“利”と“徳”が危機に勝つ力となる」
この章句は、現代の経営・キャリア形成・人生設計すべてに通じる「危機耐性の哲学」です。
外的な混乱に負けないためには、内的な備えこそが本質である──孟子のこの教えは、今なお生きる普遍の真理です。
コメント