人を導くとき、必要なのは“叱責”だけではない。
孔子は、感情を露わにした子路に対し、厳しく戒めるばかりではなく、そっと励ますような言葉をかけた。
「由(子路)よ。徳の本質を理解し、それを実際に身につけている者は少ないなあ」と語った孔子の言葉は、
一見、世を憂うようでいて、実は弟子への信頼と期待に満ちている。
これは、ただの叱咤ではなく、子路の成長を信じる優しい認知と励ましである。
人を育てる本当の力とは、相手の弱さを見たうえで、その可能性を信じるまなざしに宿る。
原文
子曰、由、知德者鮮矣。
書き下し文
子(し)曰(いわ)く、由(ゆう)や、徳(とく)を知(し)る者は鮮(すく)なし。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「子曰く、由や」
→ 孔子は言った。「由(ゆう)よ」(弟子の子路の名を呼んで) - 「徳を知る者は鮮し」
→ 「本当の“徳”を理解している者は少ないのだ」
用語解説
- 子(し):孔子の尊称。
- 由(ゆう):孔子の弟子、**子路(しろ)**の名。直情的で行動力に富む人物として知られる。
- 徳(とく):人格的な高潔さ、道徳的な完成、仁義礼智などの総体。
- 知る:単に情報を得るのではなく、本質を深く理解すること。
- 鮮(すく)なし:非常に少ない。珍しい。
全体の現代語訳(まとめ)
孔子は弟子の子路にこう語った:
「由よ、“徳”というものを本当に理解している者は、この世にほとんどいないのだよ。」
解釈と現代的意義
この章句は、「行為や表層的な善」ではなく、真の人格的価値(=徳)を知ることの難しさを表現しています。
- 子路は正義感と行動力にあふれた人物である一方、思慮の浅さを孔子に指摘されることも多くあります。
- 孔子はここで、表面的な「善いこと」と、深い哲理を伴った「徳」との違いを示しています。
- 知識や行動の“量”ではなく、“深さと本質への理解”こそが重要であるという教えです。
ビジネスにおける解釈と適用
◆ 「スキルや成果より“人間性”の本質を見よ」
成果主義や即効性のあるスキルが重視される現代において、真に価値あるのは「信頼・誠実・利他性」といった“徳”に通じる人格的資質です。
◆ 「“徳”を理解することは、リーダーの資格」
単なるリーダーシップ論ではなく、「何のために、誰のために力を使うか」といった“徳の理解”がなければ、組織を導く資格はない。
◆ 「表層的な“良いこと”と、根本的な“徳”を区別する」
CSRやSDGsも、単なるブランディングやパフォーマンスに終始すれば意味がない。企業の“徳”とは、社会・顧客・社員への誠実な姿勢の継続である。
◆ 「“わかった気になる”ことの危うさ」
知識を得て、行動して、ある程度成果を出すと人は“わかったつもり”になりがちだが、本当の理解には謙虚さと時間が必要。
まとめ
「“できる人”より“徳のある人”──深く、正しく、誠実に知る力」
この章句は、「知っているつもり」の危うさと、「人としてどうあるべきか」という根源的な問いを私たちに投げかけています。
ビジネスにおけるリーダー教育、人事評価の基準づくり、また組織文化の醸成にも応用可能な珠玉の一句です。
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