――政治は国家のものであり、一族のものではない
冉子(ぜんし/冉有)が季氏(きし)の朝廷から戻ってきたとき、孔子は「なぜこんなに遅くなったのか」とたずねた。
冉子は「政(まつりごと/政治的な用事)がありました」と答える。
しかし孔子は即座に見抜いた。「それは政(公のこと)ではなく、事(私事)であろう」と。
もし本当に魯(ろ)国の政治に関わることなら、今は大夫ではない自分にも相談があるはずだ、と。
孔子はここで、政治とは本来「公(こう)」のものであり、個人の家に仕える家臣が密かに決めるようなものではないという強い倫理観を示した。
国家の政は、一族の私益で動かしてはならず、誰もが共有しうる開かれたものであるべきだ――この思想は現代にも響く深い警句である。
原文とふりがな付き引用:
「冉子(ぜんし)、朝(ちょう)より退(しりぞ)く。
子(し)曰(いわ)く、何(なん)ぞ晏(おそ)きや。
対(こた)えて曰く、政(まつりごと)有(あ)りき。
子曰く、其(そ)れ事(こと)ならん。
如(も)し政(まつりごと)有(あ)らば、吾(われ)を以(もち)てせずと雖(いえど)も、吾其(そ)れ之(これ)に与(あず)かり聞(き)かん。」
注釈:
- 冉子(ぜんし) … 孔子の弟子、冉有(ぜんゆう)のこと。季氏に仕えていた。
- 朝より退く … 朝廷の公務を終えて帰ってきた場面。
- 政(まつりごと) … 公的な政治業務。国家の意思決定に関わるもの。
- 事(こと) … 私事。ここでは季氏の家内の用事を意味する。
- 与り聞かん(あずかりきかん) … 関わりのない身分であっても、重要な政であれば耳に入って然るべき、という主張。
1. 原文
冉子退朝。子曰、何晏也。對曰、有政。
子曰、其事也。如有政、雖不吾以、吾其與聞之。
2. 書き下し文
冉子(ぜんし)、朝(ちょう)より退(しりぞ)く。
子(し)曰(いわ)く、何(なん)ぞ晏(おそ)きや。
対(こた)えて曰く、政(まつりごと)有(あ)りき。
子曰く、其(そ)れ事(こと)ならん。
如(も)し政有らば、吾(われ)を以(もち)いずと雖(いえど)も、吾其(そ)れ之(これ)に与(あずか)り聞(き)かん。
3. 現代語訳(逐語訳/一文ずつ)
- 「冉子、朝より退く」
→ 弟子の冉子が、朝廷(役所の会議など)から戻ってきた。 - 「子曰く、何ぞ晏きや」
→ 孔子が言った。「どうして今日はこんなに遅かったのか?」 - 「対えて曰く、政有りき」
→ 冉子は答えた。「政治の議論がありましたので。」 - 「子曰く、其れ事ならん」
→ 孔子は言った。「それは(大した)仕事に過ぎないだろう。」 - 「如し政有らば、吾を以てせずと雖も、吾其れ之に与り聞かん」
→ 「もし本当に重大な政治の議論があったのなら、私が関わっていなくても、自然にその話は私の耳に届くはずだ。」
4. 用語解説
- 冉子(ぜんし):孔子の高弟、冉有(ぜんゆう)のこと。政治的実務にも携わった。
- 朝(ちょう):朝廷、または官庁の公式な会議や政務の場。
- 晏(おそ)きや:遅い、時間がかかった様子を問う言葉。
- 政(まつりごと):政治・行政上の議論や執務。
- 事(こと):単なる雑務や実務的な仕事の意味。
- 以つ(もちう):用いる、任用する。
- 与り聞く(あずかりきく):関わり合い、自然と耳に入ること。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
冉子が政務を終えて戻ると、孔子が尋ねた:
「今日はどうしてそんなに遅かったのか?」
冉子は答えた。「政治の会議があったのです。」
孔子は言った。「それは実務の処理にすぎないだろう。
もし本当に重要な政治の議論があったのなら、たとえ私がその場に呼ばれなくても、自然とその内容は私の耳に入ってくるはずだ。」
6. 解釈と現代的意義
この章句には、**「本物の政治(あるいは本質的な意思決定)とは、誠意と透明性をもって行われ、自然と周囲に知られるものだ」**という、孔子の鋭い批判精神が表れています。
- 孔子は、冉子の言う「政務」が本当は単なる事務的対応や形だけの会議だったのではないかと見抜いています。
- 本当に大事なことは、関係者が知らされずに進むことはないし、自然と共有されるという社会的感覚が背景にあります。
- 一方で、ここには「自分が呼ばれていない=重要ではない」と考えるべきではなく、真の価値あることは関わらずとも伝播するという理知的な落ち着きも込められています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
- 「本当に重要な話は、自然と共有される」
組織において価値ある議論や意思決定は、噂や根回しではなく、正式に、かつ透明に共有されるべきもの。 - 「形だけの会議に惑わされるな」
長時間の会議や手続きに時間を取られても、それが本質的な“政”ではない場合もある。目的と実質を見極める目が必要。 - 「参加していないからといって、疎外感を抱く必要はない」
本質的な議題であれば、いずれ議論は現場に届く。情報を取りに行く姿勢と信頼のある関係づくりが大切。 - 「リーダーは“伝わる構造”を信じ、整える」
重要な話が自然と伝わる組織構造=信頼・オープンな文化・情報フローの仕組みがあってこそ、真に健全なチームが育つ。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「本物の議論は隠せない──“伝わる構造”が組織の信頼をつくる」
この章句は、「何が本質的な政(まつりごと)か」を問い、行動や時間ではなく“中身”で物事を評価すべきだという思考の原点を示しています。
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