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一度の過ちを許せぬ者に、人は育てられぬ


一、原文の引用

何某立身御詮議の時、この前大酒仕り候事これあり、立身無用の由衆議一決の時、
何某申され候は、「一度誤これありたる者をお捨てなされ候ては、人は出来申すまじく候。
一度誤りたる者は、その誤を後悔致すべき故、随分嗜み候て御用に立ち申し候。立身仰付けられ然るべき」由申され候。
何某申され候は、「其方お請合ひ候や」と申され候。「なるほど某請に立ち申すべし」と申され候。
その時いづれも、「何をもって請にお立ちなされ候や」と申され候。「一度誤たる者に候故請に立ち申し候。誤一度もなきものは、あぶなく候」と申され候に付て、立身仰付けられ候由。


二、現代語訳(逐語)

ある藩士の昇進について審議した際、「この者は以前、大酒を飲んで失敗したことがあるから、昇進にはふさわしくない」と結論が出そうになった。
そのとき、ある人物が反対意見を述べた。

「一度失敗した者を見捨てていては、人は成長しません。
むしろ失敗をした者は、必ずそのことを後悔し、心を入れ替えて勤めるようになるものです。
だからこそ、昇進にふさわしいと存じます。」

ある重役が問い返した。

「あなたはその責任を取れるのか?」

それに対し、

「いかにも、私が保証いたします。」

さらに他の者が、「何をもって保証できるのか?」と問うと、

「一度失敗したからこそ保証するのです。
一度も失敗をしたことのない者こそ、かえって危うい存在です。」

こうしてその藩士の昇進が決まったという。


三、用語解説

  • 立身御詮議(りっしんごせんぎ):昇進や出世に関する審議。
  • 誤りたる者:失敗した者、過ちを犯した者。
  • 請に立つ:責任をもって保証する、推薦する。
  • あぶなく候:信頼するには危険であるという意。

四、全体の現代語訳(まとめ)

人は失敗を経験することで成長する。一度失敗した者を見捨てるのではなく、その後の態度・改善の努力を見て判断すべきである。
むしろ失敗経験を持たない者の方が、驕りや慢心、思い上がりによって将来的に大きな失敗をするリスクがある。
だからこそ、過ちを悔い、立ち直ろうとする者を支え、信じる勇気が、組織と人材を育てるのだ。


五、解釈と現代的意義

この逸話は、現代の「成果主義」や「即戦力至上主義」と対極の、人間的で本質的な人材評価の価値観を提示しています。
とりわけ、失敗を経た者こそ信頼に足るというこの言葉には、「過ちを通じて得た謙虚さと慎重さ」を重視する武士の知恵が込められています。

また、保証を申し出た者が「過去の過ち」ではなく、「過ちを経た心の変化」を見て評価している点も重要です。
この態度は、「人を信じ、育てる責任」に満ちた真のリーダー像を体現しています。


六、ビジネスにおける解釈と適用

項目解釈・適用内容
人事評価過去の失敗ではなく、その後の姿勢と改善努力を評価する仕組みが必要。再チャレンジを許容する文化が人材の厚みを生む。
リーダーシップ部下の失敗を咎めず、次のチャンスを与える器こそが、人を育て、信頼されるリーダーとなる。
組織運営「失敗=退場」ではなく、「失敗→支援→再成長」のサイクルを組織全体で支えることが、健全な組織風土を築く。
キャリア形成完璧な経歴よりも、「どんな困難を経て、何を学び取ったか」が本当の信頼につながる。
危機管理・再発防止失敗を許した上で、原因分析・再発防止策を仕組み化することが、成長機会と組織学習になる。

七、心得まとめ

「失敗したから、価値がある」
それは、その人が痛みを知っているから。
その人が慎重になり、謙虚になり、他者の失敗にも寛容になれるから。
一度の過ちで人を見限るな。むしろ、一度の過ちを経た人こそ、信頼に足る


目次

🌟結論:『葉隠』が教える人材観

  • 失敗は成長の糧である。
  • 過去の過ちで人を切り捨てることは、人材を失うだけでなく、組織の未来を狭める。
  • 「誤りたる者を見捨てぬ勇気」が、人を育て、信頼を生み、真の忠義につながる。
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