孟子が示す農民の収入体系は、単なる生活の糧ではなく、社会全体の俸禄制度の基準点として機能していた。
すなわち、「庶人出身の官吏の禄(=給料)は、農民が得る百畝の田の収穫力をもとに等級化されていた」のである。
農に根差した社会である以上、耕作による生産量こそが報酬制度の最も公正で現実的なモノサシだった。
原文と読み下し
耕(たがや)す者の獲(う)る所は、一夫百畝(ひゃくぼ)なり。
百畝の糞(ふん)す(=田の世話をする)。
- 上農夫は九人を食(やしな)い、
- 上の次は八人を食い、
- 中は七人を食い、
- 中の次は六人を食い、
- 下は五人を食う。
庶人の官に在る者は、其の禄(ろく)を以て是(これ)を差(さ)と為す。
農民の生産力による5段階評価と扶養可能人数
農夫の階層 | 百畝の田で養える人数 | 備考 |
---|---|---|
上農夫 | 9人 | 最も熟練し、管理能力が高い |
上の次 | 8人 | 上農の次位 |
中農夫 | 7人 | 標準的な農夫 |
中の次 | 6人 | やや下位の層 |
下農夫 | 5人 | 最低限の効率 |
※1人の農夫=100畝を担当することが基本単位。
※耕作とは、単に耕すだけでなく、肥料、除草、水管理、収穫までを含む「百畝の糞(ふん)」である。
制度的意義
- 庶人官吏の禄(俸給)はこの5段階の農夫の扶養能力に準拠して支給された。
- つまり、「農の生産性」がそのまま「官の生活基準」として採用されていた。
- これは、公平かつ現実的な、労働と報酬の連動モデルであり、
- 同時に、「農民にも官にも格差を設けるが、格差の基準は一貫して“働きと実力”に基づく」という価値観の表れでもある。
注釈と用語
- 一夫百畝:1人の農夫が担当する田の標準面積。
- 百畝の糞:田の世話(耕作・施肥・除草・灌漑などの労働全般)。
- 食う(やしなう):扶養すること。食料・生活費を賄える人数。
- 庶人在官者:庶民階級から登用された官吏(下士や事務官など)。
- 是を以て差と為す:この農夫の生産性の区分をもとに、官吏の給料等級を設定する。
現代的解釈
- 「最低賃金=農作業で最低限養える人数の基準」という考え方は、現代の生活保護・生活費基準やベーシックインカム議論とも親和性がある。
- 孟子が理想とする政治とは、徳と制度(礼)の両立であり、その制度の根幹がこのような労働価値の尊重にある。
パーマリンク(英語スラッグ)
peasant-productivity-and-salary-tiers
→「農民の生産力と官吏の給与階層の関係」
その他の案:
agricultural-income-benchmark
(農業収入を基準とする報酬体系)five-tier-farmer-model
(五段階農民モデル)labor-as-metric-for-salary
(労働を給与尺度とする)
この章は、周の制度における「報酬と労働」の関係を、最も具体的に表現した箇所です。
庶人も官も、百畝の田における管理能力・生産力が評価の基準となり、
礼的秩序と現実的生活保障が一致するモデルがここに示されています。
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