歳月はもともとゆったりと流れ、天地は広大に開かれている。
しかし、あくせくと世事に追われ、狭量な心を持つ人間は、それらのゆとりある恩恵を自ら手放してしまっている。
春の花、夏の風、秋の月、冬の雪――四季の美は、心静かに味わえば人を癒す。
だが、心が貧しければそれすら煩わしく感じる。
真に豊かな人生とは、自然とともにのどかに時を過ごし、天地の大きさを感じることのできる境地にある。
引用(ふりがな付き)
歳月(さいげつ)は本(もと)長(なが)くして、忙(いそが)しき者(もの)自(みずか)ら促(せ)く。
天地(てんち)は本(もと)寛(ひろ)くして、鄙(ひな)しき者(もの)自(みずか)ら隘(せま)くす。
風花雪月(ふうかせつげつ)は本(もと)間(のど)かなり、労攘(ろうじょう)の者(もの)自(みずか)ら冗(わずら)しくす。
注釈
- 歳月は本長くして:「時間が足りない」は錯覚であり、実際はゆとりあるもの。
- 促す:急かす、短くする意。心がせいて時を縮めてしまう。
- 鄙しき者:心が狭く、欲深く、気持ちに余裕のない人。
- 隘くす(あいくす):狭める。天地の広さを感じられなくなっている様子。
- 風花雪月:四季折々の自然の美。春の花、夏の風、秋の月、冬の雪。
- 間(のどか):静かでゆとりがあり、くつろいでいるさま。
- 労攘(ろうじょう):日常の雑事に追われ、忙しく落ち着かないさま。
- 冗しくす:煩わしく、負担に感じること。
関連思想と補足
- 『老子』第七章「天は長く地は久し」――自然は長く、静かに続いているという道家の思想が反映されている。
- 忙しさや不満は、外の世界のせいではなく、内なる心が生み出しているという洞察。
- 見方を変えるだけで、同じ世界がのどかで広々とした場所に変わる。
原文:
歲月本長、而忙者自促。
天地本寬、而鄙者自隘。
風月本閒、而勞攘者自冗。
書き下し文:
歳月(さいげつ)は本(もと)長くして、忙(いそが)しき者は自(みずか)ら之(これ)を促(せ)く。
天地(てんち)は本寛(ひろ)くして、鄙(ひ)しき者は自ら之を隘(せば)くす。
風月(ふうげつ)は本閒(かん)にして、労攘(ろうじょう)の者は自ら之を冗(じょう)しくす。
現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「歳月は本長くして、忙しき者は自らこれを促く」
→ 本来、人生の時間は長いものであるが、忙しい人は自ら時間を短く感じさせている。 - 「天地は本寛くして、鄙しき者は自らこれを隘くす」
→ 宇宙や自然は本来広大なのに、心の狭い人は自分でそれを窮屈に感じてしまう。 - 「風月は本閒にして、労攘の者は自らこれを冗しくす」
→ 風や月などの自然は本来ゆったりしているが、あくせく働く人は自らそれを雑多なものにしてしまっている。
用語解説:
- 歳月(さいげつ):時間、人生の年月。
- 促す(うながす/せく):急かす、短くする。
- 鄙者(ひしゃ):心が卑しい者、狭量な人。
- 隘(せば)くす:狭くする、心や視野を限定すること。
- 風月(ふうげつ):風や月、すなわち自然の美や風情のこと。
- 閒(かん):ゆとり、静けさ、余白。
- 労攘(ろうじょう):せわしなく動き回ること、喧騒。
- 冗(じょう)しくす:雑多にし、落ち着きを失わせる。
全体の現代語訳(まとめ):
本来、人生の時間にはゆとりがあるが、せわしなく動き回る人は自らその時間を短くしている。
自然界は広く大らかなものなのに、心の狭い人はそれを狭苦しく感じてしまう。
風や月などの自然は本来静かで穏やかなものなのに、あくせくした人はそれを雑多で窮屈なものにしてしまっている。
解釈と現代的意義:
この章句は、**「世界の本質は広く静かで長く、心の在り方がそれを歪める」**という深い心理的・哲学的な洞察を示しています。
1. 忙しさは外部のせいではなく“自らの選択”
- 時間がない、忙しいと嘆くのは、自らの心の在り方や優先順位が作り出している可能性がある。
- 「人生が短い」のではなく、「短くしている」のは自分自身である。
2. 心の狭さが世界を狭くする
- 周囲や社会が息苦しいのではなく、自己の了見が狭いことでそう感じている。
- 視野や思考を広げることで、環境も変わる。
3. 自然の中にある「静けさ」を乱すのは人間の“焦り”
- 美しい自然も、心がざわついているときには何の意味も持たない。
- 静けさは与えられるものではなく、自らが整えるもの。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. 「時間が足りない」は本当か?
- 多忙を理由に考える時間・余白を削ることは、結果的に非効率を生む。
- 「忙しさ」は仕事量よりも「段取り」や「判断基準」の問題であることが多い。
2. “マインドセット”が環境の見え方を変える
- 同じ組織、同じ業務でも「視野が広い人」は可能性や協力関係を見つけ、「狭い人」は制限や対立ばかり見る。
- リーダーは“拡張思考”を育てることが重要。
3. 働く中での“静けさ”を取り戻せ
- 絶え間ないチャット通知や会議に追われる現代では、「集中」「深考」「余白のある仕事」が価値を生む。
- スケジュールに“静かな時間”を設ける仕組み(ノーミーティングタイムなど)を意識的に設計すべき。
ビジネス用心得タイトル:
「世界は静かで広い──忙しさは心が生む錯覚」
この章句は、**「心のあり方が世界の見え方を決定する」**という、東洋思想の中でも非常に本質的な知恵を教えてくれます。
現代のストレス社会や時間に追われるビジネス環境においても、この視点は深い価値を持ちます。
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