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一歩退くことで、道はひらける
人の心はうつろいやすく、人生の道は平坦ではない。世間の航路には曲がりくねった険しさがあり、必ずしもすんなり通れるとは限らない。そうした「通れない」場面に出会ったときには、無理に突き進もうとせず、自分の方から一歩退き、相手に道を譲ることを... -
自分の考えを絶対視する心こそ、成長を阻む最大の障害
欲や利益を求める心があるからといって、それだけですべてが台無しになるとは限らない。また、美しい音楽や魅力的な異性を求める心も、必ずしも道(正しい生き方)を妨げるものではない。しかし、自分の意見が常に正しいと思い込み、他の考えを受け入れず... -
名誉や善をも超えて、自由な境地に至る
功績を立てたい、名声を得たい、富や地位を手に入れたい――こうした欲を手放すことができれば、すでに世俗的な生き方からは一歩抜け出したといえる。しかし、さらにその上を目指すならば、道徳や仁義といった「善」にとらわれる心さえも静かに手放し、すべ... -
低い場所に身を置くことで、真実が見えてくる
高い地位にあるときは、その危うさに気づけない。しかし、一度そこから離れて低い場所に身を置いてみると、上に登ることがいかに危険で重圧を伴うものかが、はっきりとわかってくる。また、人目の届かぬ静かな暮らしを送ってみると、世間で自己をひけらか... -
豊かさや才能があっても、心が伴わなければ必ずつまずく
裕福で高い地位にある者は、本来ならば心に余裕があり、寛大で温かいはずである。しかし実際には、そうした立場の人ほど疑り深く、冷酷で苛烈な態度をとることがある。これは物質的には豊かでも、心のあり方や行いが貧しいことの現れであり、そのような精... -
頂点に達したら、潔く身を引くのが美徳
物事が行き詰まり、どうにもならなくなったときには、はじめの志に立ち返って、原点を見つめ直すべきである。そして、功績を上げ、名声を得たならば、次にすべきは栄光にしがみつくことではなく、その後の歩み――自分の末路を冷静に見極めて、潔く退く覚悟... -
熱心さと淡白さ、そのどちらにも「楽しむ心」を
何事にも気を配り、まじめに働くことはすばらしい美徳である。しかし、度が過ぎて苦しみすぎれば、心は疲弊し、喜びも失われ、本来の自分らしさも消えてしまう。また、淡白で無欲な姿勢は高潔ではあるが、あまりにも枯れすぎてしまえば、人を助け、社会に... -
どこにいても、自分の「軸」を持ち続ける
たとえ高い地位や権力の座にあったとしても、心の奥には山林に隠棲するような静かで慎ましい趣を持っていたい。そうでなければ、地位にしがみつくような醜さや、判断を誤る危うさを招く。また反対に、自然に囲まれた田舎でのんびり暮らしていたとしても、... -
「終わったあとの気持ち」を思い描けば、道を誤らない
お腹が満ちたあとで食事を振り返れば、味の良し悪しの違いなど、どうでもよく思えてくる。情欲を満たした直後には、かつての激しい欲望もすっかり薄れ、無意味に思えてくる。このように、人は「何かを終えたあと」にようやく冷静になり、本質を見極めるも... -
偽りの力を抑えてこそ、本当の心があらわれる
自分を誇って他人を見下すような心は、自分自身の力から生まれたものではなく、他から借りた「客気」、つまり偽りの空元気にすぎない。この客気をしっかりと抑えることができてはじめて、本来の「正気」――自分の内面から湧き上がる真の勇気と気力が伸びて...