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この世を「苦」とするのは、心のあり方しだい
多くの人は、名誉や利益を追いかけることに夢中になり、気づけば「この世は穢(けが)れている」「苦しみばかりだ」と嘆いてしまう。 だが、それは本当にこの世が「汚れている」からだろうか? ――雲は白く、山は青く、川は静かに流れ、岩はどっしりとそび... -
心に留めなければ、すべてはただ通り過ぎていく
耳に入ってくる雑音――それは、谷間を吹き抜ける大きな風のようなもの。その音を心に留めず、ただ通り過ぎるに任せていれば、そこに「良い」「悪い」といった判断さえ生まれない。 また、心に浮かぶ雑念も、池の水面に一瞬だけ映る月影のようなもの。もしこ... -
喜びの中にも憂いがあり、苦しみの中にも喜びの芽がある
子どもが生まれるとき、母親の身体には危険が伴う。お金が貯まれば、盗人の目にとまる。このように、どんなに喜ばしいことの中にも、実は心配や危険の種が潜んでいる。 反対に――貧しい境遇にあれば、節約の知恵が育ち、病気になれば、自分の体を大切にする... -
静けさの中にこそ、真実があらわれる
人の心は、ざわつきや動揺の中では、往々にして本当のこと――“真”を見失ってしまう。 だからこそ、あれこれと思い悩まず、ただ一人、静かに澄んだ心で座ってみるとよい。すると、雲が空に湧いて流れていけば、その雲とともに心も悠々と漂うようになる。 雨... -
忙しすぎず、暇すぎず――苦労の中に人生の味わいがある
人生において、あまりにも時間を持て余していると、余計な雑念が湧き出て、つい良くない方向へと心が傾いてしまう。 反対に、忙しさに追われすぎると、今度は自分の本来の心――“真性”が現れにくくなってしまう。 だからこそ、志ある人(士君子)は、心身を... -
自分を超えてこそ、他者や世界を託すに値する
まず、自分自身のことに深く向き合い、欲望への執着を離れた者だけが、初めて万物の在り方を尊重しながら、それぞれの物事を自然に委ねることができる。 また、天下を支配しようとせず、天下そのものに任せる姿勢を持った者だけが、俗世の中にあってもそれ... -
欲や嗜好は否定せず、主導権を保つことが大切
風や月、花や柳といった風物詩がなければ、自然の風景は成り立たない。それと同じように、欲望や好き嫌いといった人間の感情がなければ、心のはたらきもまた成立しない。 つまり、欲望そのものを否定する必要はなく、大切なのは「自分がそれを支配する側」... -
心が澄んでいれば、お金はただの紙にすぎない
心が広く、人生の軸がしっかり定まっている人は、たとえ莫大な報酬――何億円もの給料で誘われたとしても、それを単なる「紙切れ」や「瓦のかめ」のように見なし、心がまったく動じることはない。 一方で、心が狭く、目先の損得にとらわれている人は、髪の毛... -
自然の中に身を置けば、心が洗われ、高まっていく
高い山に登ると、自然と心が広々として、小さなこだわりや悩みがどこかへと消えていくように感じる。川の流れをじっと見つめていれば、この世界の大きなうねりと、自分の存在のちっぽけさとを静かに受け入れられるようになる。 また、雨や雪の夜に静かに書... -
苦しみのあとに訪れる静けさと美しさは、格別のもの
雨が上がったあとの山々の景色には、ひときわ新鮮で、心を打つ美しさが宿っている。 また、夜が深まり、あたりが静まりかえったときに聞こえてくる鐘の音――その響きは、いつにも増して清らかで、澄みきって心に沁み渡る。 つらい経験や試練のあとだからこ...