L社は錠前の専門メーカーだ。かつては鋼製家具用の錠前を主力としていたが、業界のニーズに応じて事業を拡大し、建築用錠前の分野にも進出している。
収益性向上を目指し、さらに建築錠前を強化する必要があるという社長の方針のもと、玄関用の高級錠前を数種類試作した。それはまさにインテリアロックと呼べるほどの豪華な仕上がりだ。L社長は、「こんな高価なものが果たして事業として成立するのか?」という疑問を私に投げかけてきた。
一目見た瞬間、「これはいける」と直感した。理由は二つある。ひとつは、そのデザインが見事で、目を奪われるほど魅力的だったこと。そしてもうひとつは、この商品が私の持論である「中小企業は世の中になくてもいいものを狙え」にぴったり当てはまると感じたからだ。
L社は「早速サッシメーカーに持ち込み、あとは一流の建築金物問屋に販売する」という方針を口にしたが、私はそれを止めた。「あなたの会社は、これまで鋼製家具錠前や建築錠前で下請けの厳しさを嫌というほど味わってきたはずだ。だからこそ、自社ブランドの商品を持ちたいという長年の思いがあったのではないのか。それゆえに、この商品を開発したのではないか」と指摘した。
自社商品とは、自社で開発した商品そのものを指すのではない。たとえ自社で開発したとしても、それを他のメーカーに売るのであれば、結局は下請けと変わらない。開発費を正当に評価されることはなく、価格は叩かれるだけ叩かれることは、あなたの会社自身が一番よく理解しているはずだ。いったい何のために苦労して開発したのか。その努力が、他社の利益のために使い捨てられるだけでは、自社開発の意義が完全に失われてしまう。
自社商品とは、「流通業者やエンドユーザー、消費者に直接売る商品」を指すものであり、自社開発かどうかは本質ではない。たとえ仕入れた商品であっても、それを流通業者に直接販売するのであれば、それは自社商品といえる。重要なのは、これらの商品が自社の販売努力によって売上を拡大できるものであり、言い換えれば、自社の自主性を確立できる商品であるということだ。
だからこそ、自社開発の意義が生きてくるのだ。売り方については、私がいくらでもアドバイスできる。だから、社長はこれまでの考えを改め、流通業者に直接売ることを決断すべきだと提案した。L社長は「自社商品の本当の意味がわかった」と言い、流通業者への販売を決意した。こうして、いよいよ販売戦略の具体的な指導に入ることになった。
「まず最初に重要なのは、品種構成を充実させることだ。お客様は選択肢を見比べた上で購入を決めるものだから、ノブ式は最低でも四〜五タイプ、ハンドル式はセパレートとワンピースをそれぞれ二〜三タイプ揃える必要がある。これは販売を開始する段階での最低限のラインナップだ。」
「その後は、新しいタイプを順次追加し、売れ行きの悪いタイプを切り捨てていけばいい。さらに、錠前だけでなく、この錠前に合う蝶番やノッカーを数種類用意するのが望ましい。それに加えて、のぞき眼鏡も揃えておくとよい。ただし、ドアチェッカーについては専門メーカーに任せたほうが無難だ」と話した。すると、L社長から「蝶番は設備も技術もないから無理だ」という反応が返ってきた。
私は「また職人根性が顔を出したな」と言った。「一倉が言っているのは、自社で製造しろという意味ではない。『自社商品として揃えろ』と言っているだけだ。世の中には製造能力はあっても販売力のない会社が山ほどある。蝶番のメーカーにもそういう会社は必ず存在するはずだ。そこから仕入れて、自社の商品ラインナップとして加えればいい」と強調した。
そして、そうしたメーカーを見つけ出すことに成功した。しかも、仕入れた蝶番で粗利を30%も確保できることが判明した。L社では「自社で製造するよりよっぽど良い」と大喜びだった。というのも、これまでの自社製造品の中には、20%の粗利すら確保できない商品がかなりあったからだ。この成果を踏まえ、次は二番目の指南に進むことになった。
「次は価格政策だ。他社の同種商品の価格を徹底的に調査し、それよりもやや高めの最終価格を設定することが重要だ。決して『安い価格』を設定してはいけない。最終価格が安ければ、売れるのは実用品止まりであり、高級品は安さだけでは決して売れない。高級品は価格の高さが価値を証明する一面も持っている。だから、あえて高めの価格設定が必要だ。」
「最終価格は高めに設定しつつ、流通業者への仕切価格を抑えるのがポイントだ。目安として、小売店には掛率60を設定する。これにより、小売店は40%のマージンを得られるため、非常に魅力的な商品となる。また、商談の際に値引きの余地が大きいことで、競合他社に対しても強みを発揮できる。高級品としての価値を保ちながら、小売店の取り扱い意欲を高められる価格政策だ。」
「もし最終価格を安く設定すれば、必然的に流通マージンが圧迫される。その結果、『低収益で競合に弱い』商品となり、流通業者や小売店にとって魅力のない商品になってしまう」と伝えた。この考え方は、L社長にとって少し意外だったようだ。しかし、「一倉の言うことに従えば間違いはない。心配する必要はない」と強く押し切り、価格政策を納得させた。
価格を検討した結果、小売店への仕切りを掛率60に設定し、問屋への仕切りはその80%――つまり問屋マージンを20%にしても、L社の収益は従来商品とは比較にならないほど良好であることが判明した。「これこそが、世の中になくてもいい商品の特性だ」と説明した。高収益を実現できるのは、こうした商品の付加価値と魅力が価格競争に巻き込まれないところにある。
後になって、L社は流通業者との商談で新たな経験を得た。それは、「流通業者はメーカーのような詳細な見積書を一切要求しない」という事実だった。このことは、流通業者が商品そのものの魅力や販売の可能性を重視していることを示しており、メーカーにとっては自由な価格設定と利益確保の余地があるという新しい発見でもあった。
第二のポイントは、いよいよ販売方法だ。私は「問屋に売ることを当面考えてはいけない」と強く指摘した。「問屋に売る」という発想は、「問屋が我が社の商品を懸命に売ってくれる」と思い込んでいることに基づいている。これを「天動説」と呼ぶ。しかし、現実には「問屋は売ってくれない」という事実を理解しなければならない。私は、数多くの会社がこの天動説に囚われ、売上不振に苦しむ様子を嫌というほど目の当たりにしてきた。これを繰り返してはならないと念を押した。
さらにもう一つ重要な点として、こちらから問屋に持ち込むと、必ず価格を叩かれるリスクがある。将来的に問屋を通じて販売する可能性があるとしても、その際には問屋側から「この商品を取り扱いたい」と言わせる状況を作ることが重要だ。そうすれば、価格交渉の主導権をこちらが握ることができる。
そこで提案した販売方法は、「金物店への直販」だ。直接販売することで、問屋を介さない分、価格設定の自由度が高まり、流通構造に左右されることなく、より高収益な運営が可能になるからだ。
この提案はL社長にとって意外だったらしい。というのも、社長は東京、大阪、名古屋といった大都市の大手問屋に話を持ち込むよう勧められると思い込んでいたからだ。しかし私は、大手問屋が集中するこれらの市場は激戦地であり、新参者が入り込む余地などほとんどないと説明した。
さらに、地方の業者が東京や大阪に営業所を構え、「大消費地ならば売れる」と意気込んで進出したものの、何年経っても業績が上がらず、営業所の維持費すら賄えない状態に陥り、経営の頭痛の種になっている例を数多く見てきたことを挙げて説得を試みた。大消費地に進出することが成功の近道とは限らない現実を具体的に示すことで、社長の考え方を改めるよう促した。
L社長は、自社ではこれまで販売に関して全く経験がなかったため、半信半疑ながらも私の意見に従うことにした。こうして基本的な方針が固まり、いよいよ販促活動がスタートした。
まず、セールスマンを2名専任で配置し、専務の直属とする体制を整えた(本来であれば社長直属とするのが理想だが、L社の場合、専務がこの役割を自ら進んで引き受けたため、専務の下に置く形となった)。専任セールスマンによる活動で、金物店への直販という新しい挑戦が本格的に動き出した。
チラシと価格表を準備し、いよいよ販売活動を開始する段階に入った。私の戦略は明確だった。L社は東京に隣接する県に所在していたため、社長は東京の金物店から販売を始めたいと考えていたが、私はそれを止めさせた。
理由はシンプルだ。東京や大阪といった大都市の金物店は、すでに先発業者が長年にわたり築き上げた信頼と実績の上に成り立っており、そこに新参者が簡単に食い込むことはほぼ不可能だったからだ。時間と労力を無駄にしないためにも、まずは地方や他の未開拓市場から始めるべきだと判断した。競争が激しくない場所で確実に成果を上げ、実績を積むことが先決だと考えたのである。
だから、東京や大阪といった競争が激しい市場は後回しにし、まずは地元から販売を始める方が圧倒的に有利だと考えた。地元には連帯感や親しみやすさがあり、営業活動でもスムーズに関係を築きやすい。また、距離的にも近いことで移動や物流のコストを抑えられる。この地の利を最大限に生かし、地元市場での基盤を固めることが、L社の販売活動を成功に導く第一歩となると確信した。
まず、地元のN市にある建築金物店の一軒を特約店とすることを決めた。この重要な交渉は、社長または専務が直接店主に会い、丁寧に説得するべきだ。
特約店に提示する条件は、以下の通りとした:
- マージン率を40%とすることで、十分な利益が得られると納得してもらう。
- 当初は現物在庫を置いてもらわなくてもよいこと。これにより、店側のリスクを軽減し、協力を得やすくする。
さらに、事前の市場調査で、建具屋が購買の決定者であることが判明していたため、この建築金物店がお得意様としている建具屋をターゲットにすることを伝える。こうした具体的な販売方針を共有することで、特約店側に協力意欲を高めてもらう狙いがあった。地元市場でのこうした一軒一軒の丁寧な交渉が、今後の販売拡大の基盤となる。
これは、地元の工務店数社にヒアリングを行った結果、建具屋が建具関連の一切を一括請け負う形が一般的であることがわかったための方針だ。そのため、以下のような手順で販売活動を進めることにした。
- 特約店の名を使ってDMを送付する
DMの作成・発送にかかる費用や手間はすべてL社が負担する。これにより、特約店にはリスクや負担を感じさせず、販売促進活動に協力してもらいやすくする。 - L社のセールスマンが建具屋を直接訪問する
DM送付後、L社のセールスマンが建具屋を直接訪問し、商品の詳細を説明しながら販売活動を行う。これにより、建具屋が購買決定者である状況を最大限に活用し、実際の販売につなげる。 - 金物店の得意先名簿を借りる
DMの効果を最大化するため、特約店から得意先名簿を貸してもらい、対象を的確に絞り込む。この協力は、特約店との信頼関係を構築する上でも重要な一歩となる。
このプロセスにより、特約店の負担を軽減しつつ、建具屋を直接狙った効率的な販売活動を展開することができる。これが地元市場における成功の鍵になる。
得意先名簿を貸してもらうのは簡単ではない。相手がメーカーにお客を取られることを警戒するためだ。多くの心ないメーカーが、流通業者のお得意先を奪い、結果的に流通業者を裏切るケースがあるからだ。そこで、L社では絶対にそのようなことはしないと、社長の名で約束し、誠意を示す必要があると強調した。
L社長は私の提案に従い、販売活動を開始した。地元で建築金物店1社を特約店とすることに成功した。最初に話を持ち込んだ際、その店主は「こんな高いものが売れるはずがない」と難色を示したが、L社が蛇口作戦(地道な営業活動)を展開することや、資金負担が一切ないことを説明すると、とりあえず引き受けてみようという気になったのだった。
特約店の金物店から、「初めの1カ月で2回DMを送ってほしい」との条件付きで、得意先名簿を貸してもらうことができた。L社長は、「金物店の主人が一倉さんの言う通りのことを言った」と驚いていた。こうして、いよいよ蛇口巡回が始まった。
これがなかなかの難事であった。建具屋は昼間は建て込み作業に出かけていて不在であるため、朝早く訪問して建て込みに出る前に会い、夜の訪問の許可を取りつける必要があった。本格的な商談は夜の訪問で行う。これは、まさに「夜討ち朝駆け」ならぬ「朝駆け夜討ち」とでも呼ぶべき営業活動だった。
この作戦は予想以上の成果を上げた。商品を販売した際には、必ず現物と引き換えに受領証をもらい、それを特約店に持参して、特約店が正式に納品書を発行する仕組みを徹底した。この手順が、L社に対する特約店の信頼を得る大きな要因となった。特約店にとっても安心して取引を続けられる環境を整えたことで、さらに協力関係が強まったのである。
実績が上がるにつれ、特約店の主人の態度が一変した。「こんな安いものはない」と評価が逆転し、特約店自身が積極的に売ろうという意欲を見せ始めた。
ある日、L社のセールスマンが特約店を訪問すると、主人は「今日は俺がお得意先を回ってこの錠前を売る。お前も一緒に来い」と声をかけ、セールスマンを車の助手席に乗せて、一日中同行させた。この特約店主導の活動も予想以上の成果を上げ、特約店との関係がさらに強固なものとなった。特約店が自ら動くようになったことで、L社の販売戦略はさらに加速した。
もはや、L社は特約店にとって欠かせない存在となっていた。L社のセールスマンが特約店を訪問すると、主人は「おお、よく来てくれたな。まあ、ゆっくりしていけ」と笑顔で迎えてくれるだけでなく、奥に向かって「おい、カルピス」と声をかける。これは、主人自身が心を込めてもてなしている証であり、L社への信頼と特別な親しみの表れだった。他社のセールスマンには、決して見られない光景である。
数か月が経過し、L社の売上は順調に上昇し続け、販売経費を十分に賄ってなお余りある状況にまで達した。この頃になると、2人のセールスマンだけでは手が回らなくなってきた。開拓済みの得意先へのフォローアップに加え、新規得意先の開拓という二つの作業を並行して進める必要が生じたためである。L社の成長が次のステージに差し掛かった瞬間だった。
私はL社長に「セールスマンの増員を検討しているか」と尋ねた。すると、担当者からの要望は聞いているものの、いろいろな事情があり、まだ増員を決めかねているとの答えだった。
この状況は、「経営戦略」篇の244ページに記載されている「明日の商品」に対する「企業の一般的態度」に該当する。それは、「投入資源不足」という典型的な問題である。新たな可能性や成長を目の前にしながら、それに対応するためのリソースを適切に配分できないという状態だ。このままでは、せっかくの勢いを失う恐れがあると指摘した。
これが新商品の育成における大きなブレーキとなっている。そして、そのブレーキをかけているのは、他ならぬ社長自身である。そこで私は次のように提案した。
「すぐにセールスマンを3名ほど増員すること。この新たな3名には、先に2名が開拓した蛇口(既存の得意先)を担当させ、既存の2名を新規開拓に専念させる。そして、この新規開拓は、専務が開拓した特約店を基点にした蛇口開拓を主軸とするべきだ。」
これにより、既存の得意先へのフォローアップと、新規得意先の拡大という二つの課題を同時に進める体制を構築できると強調した。
こうして体制が整った。専務は特約店の開拓に専念し、2名の開拓専任セールスマンは蛇口開拓に集中。開拓された蛇口はルートセールスマンに引き継ぐという役割分担が確立された。
では、社長の役割は何か。それは市場戦略の樹立である。具体的には、どの地域に重点を置き、どのような市場でどのような方法でシェアを拡大するかを見極め、全体の方向性を決めることだ。社長には、現場に任せるべき業務を手放し、経営者としての本来の責務に集中してもらう必要がある。
蛇口作戦が進むにつれ、商品構成をさらに充実させる必要性が浮き彫りになってきた。これは、お客様の多様な要望に応えるためである。
特に、先発メーカーの商品の構成を見てみると、玄関錠やその関連商品は一通り揃っている。しかし、それに見合う高級室内錠がラインナップに含まれていない。このギャップは明らかにおかしい。高級玄関錠を購入する顧客は、同じレベルの品質やデザインを持つ室内錠も求めるはずであり、この需要を満たさないのは、商品の一貫性や顧客満足の観点から問題である。
玄関錠だけを豪華にする「一点豪華主義」の家ばかりではない。特に高級住宅では、応接間、書斎、居間をはじめ、勝手回りの錠前に至るまで、建物全体の品格やデザインに調和する錠前が求められるはずだ。高級住宅の住人は、家全体で一貫性を重視し、細部にまでこだわる傾向が強い。この需要を満たすことが、L社のさらなる成長の鍵となる。
この中には、和室用の引違錠も含まれる。こうして全体像を整理すると、これは「高級室内錠シリーズ」として位置づけられるべき商品群となる。
この考え方を基に、商品構成一覧表を図付きで作成し、各商品のデザイン、開発、発売までのスケジュールを具体的に計画した。これにより、商品ラインナップの明確化と、発売までの効率的な進行管理が可能になった。こうした体系的なアプローチが、L社の次なる成功の土台となる。
室内錠シリーズについて、一部の業者から「お前のところは玄関錠の専門メーカーなんだから、それ以外の錠前は総合メーカーに任せればいい」という意見が出た。これを聞いたL社長は迷い、私に相談してきた。
私はこう答えた。「それは、あなたの会社が玄関錠を出したことで、流通業者がそのように見ているだけで、消費者の声ではない。消費者は必ずしも玄関錠だけに限定してあなたの会社を評価しているわけではなく、むしろ品質やデザインの良さに注目している。市場の本当のニーズを見極めることが重要だ。」
「このような場合、正しい選択は消費者のニーズに応えることだ。流通業者が何を言おうと、実際に消費者のニーズを真剣に満たそうと考えている業者はほとんどいない。だからこそ、あなたの会社がその役割を担うべきだ。
流通業者に対しては、これまでの蛇口作戦で得られた実績をしっかりと示し、少しずつ理解を得ていけばよい。最終的に評価されるのは消費者に支持されるかどうかであり、その結果が流通業者の認識をも変える。」と答え、L社長に進むべき方向を示した。
この室内錠シリーズには、もう一つ大きな利点がある。それは、L社の販売費がごくわずかしか増加しない点だ。既存の販売網や仕組みをそのまま活用できるため、追加コストを最小限に抑えられる。そして、増加した売上のほとんどがそのまま収益として残ることになる。つまり、このシリーズの投入は、L社にとって高収益化を実現する絶好の機会となるのである。
商品構成の充実が、蛇口作戦を一層効率的なものにしていった。品種を増やすたびに、売上は確実に伸びていった。この成果は、単なる商品の追加ではなく、顧客ニーズを的確に捉えた結果である。
こうして蛇口作戦を着実に進めながら、次なる販売戦略の立案に取り組んだ。市場の拡大と既存顧客の深耕を両立させるための計画が、L社の成長をさらに加速させるカギとなった。
建築金物店への直販は理想的な形ではあるものの、全国市場全体を対象に全て直販で対応するのは、L社のリソースを考えると現実的ではない。そこで、地元エリアについては直販方式を維持し、それ以外の地域については問屋を通じた間接販売方式を採用するという戦略が考えられる。
この際、直販地域と間接販売地域を明確に区分することが重要だ。そして、間接販売を担う問屋に対しては、この方針を丁寧に説明し、理解と同意を得る必要がある。問屋との信頼関係を確保しつつ、効率的な販売体制を構築することが、L社の市場拡大を支える基盤となる。
問屋の選定においては、全国規模の販売網を持つ大手問屋は避けるべきである。こうした問屋は数千種類の商品を扱っており、総売上高こそ大きいものの、個々の商品の売上高が必ずしも大きいとは限らない。このため、特定の商品に重点を置いて販売促進を行うことは期待できない。
L社の商品をしっかりと取り扱い、販売活動に力を入れてもらうためには、地域に密着した中小規模の問屋を選ぶことが望ましい。こうした問屋は、特定の商品に集中して取り組む意識が高く、L社の商品戦略に合致する可能性が高い。
問屋の選定では、全国規模ではなく、地場の一流問屋や、商圏が地方ブロック程度に限定されている問屋を選ぶべきだ。これらの問屋は、地域に密着しており、L社の商品に対してより積極的に取り組む可能性が高い。
さらに、これらの問屋が担当する主要な蛇口(得意先)を、L社自身が定期的にパトロールし、販売促進活動を行うことが必要だ。L社の商品がきちんと販売されているか確認し、必要に応じてサポートを行うことで、問屋との協力体制を強化する。
「いつ、いかなる時でも、自らの商品は自らの手で売らなくてはならない」という原則を忘れずに、L社自身が販売活動の主導権を持つことが、成功への鍵となる。
この基本方針に基づき、L社長自身が市場を直接回り、自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた情報を基に地域ごとの戦略を展開していく。最初はやりやすい地域から手をつけ、成功事例を積み重ねる。その後は、試行錯誤を繰り返しながら、戦略を微調整し、各地域に最適化されたアプローチを構築していく。この実践的な取り組みが、L社の販売ネットワークをさらに強化していく基盤となる。
重要なのは、地域をあまり急いで広げようとせず、一つひとつの地域で確実に占有率を高めていくことだ。焦らず、地盤を固めることが成功への近道となる。また、迷いや壁にぶつかったときは、一倉に声をかけて相談するようにして、必要なアドバイスを受けられる体制を整えることにした。こうして、確実な一歩を重ねる方針が固まった。
「蛇口作戦」とは、特定の地域で徹底したターゲット設定と段階的なアプローチを通じて販売網を築き上げていく戦略です。以下は、L社がこの戦略を用いて錠前の販売網を効果的に展開した方法を整理したものです。
1. 販売網の構築開始
- L社は既存の大都市の大手問屋を通じて販売するのではなく、地元の特定の建築金物店を「特約店」として選び、地元からのスタートを決断しました。これにより、地域に根ざした連帯感と親しみやすさを生かしました。
2. 特約店の活用
- 特約店と信頼関係を築くために、L社は特約店に無理に現物を陳列させることなく、まずはその特約店名でDM(ダイレクトメール)を送り、得意先リストを使わせてもらう方法をとりました。特約店は自ら販売リスクを負うことなく販売実績を積み上げ、やがて積極的に自社の得意先にも売り込みを行うようになりました。
3. 蛇口作戦の展開
- L社は、特約店の得意先である建具屋に「朝駆け夜討ち」で訪問する徹底した営業活動を行い、じわじわと販売網を拡大しました。この戦略により、建具屋の信頼を獲得し、徐々に売上も伸びました。
4. 商品構成の充実
- L社は、玄関錠に加えて高級室内錠シリーズを商品ラインナップに追加し、販売網をさらに強化しました。これにより、消費者の幅広いニーズに応え、L社の販売網を効率的に活用することができるようになりました。
5. 販売網の拡大と問屋戦略
- L社は、地元は直販とし、それ以外の地域は問屋を通じての間接販売を採用しました。ただし、全国に幅広く展開する問屋ではなく、地域密着型の一流問屋を選びました。この戦略により、L社は地元の市場での強力なプレゼンスを保ちつつ、他の地域でも徐々に市場を拡大していきました。
6. 地道な地域戦略と試行錯誤
- L社長自身が市場を巡り、得たフィードバックをもとに地域ごとの戦略を組み立てました。急激に拡大せず、確実に地域内の占有率を上げることに重点を置き、販売活動を試行錯誤しながら着実に拡大しました。
蛇口作戦の教訓
- 販売網を急に広げるのではなく、地元から始めて信頼関係を築き、地域ごとの実績を積み上げていくことが、効率的で堅実な販売網の拡大に繋がります。
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