まず、自分自身のことに深く向き合い、
欲望への執着を離れた者だけが、初めて万物の在り方を尊重しながら、
それぞれの物事を自然に委ねることができる。
また、天下を支配しようとせず、天下そのものに任せる姿勢を持った者だけが、
俗世の中にあってもそれに呑まれず、超越した精神で
この世を理想の楽土――出世間の境地へと導いていける。
支配やコントロールではなく、
自らの我執(がしゅう)を手放し、信じて委ねること――
それこそが、最大の包容と治める力なのだ。
原文とふりがな付き引用
一身(いっしん)に就(つ)いて一身(いっしん)を了(りょう)する者(もの)にして、方(はじ)めて能(よ)く万物(ばんぶつ)を以(もっ)て万物に付(ふ)す。
天下(てんか)を天下に還(かえ)す者にして、方めて能く世間(せけん)を世間に出(い)だす。
注釈
- 一身を了する:自分自身について深く理解し、欲望や執着を離れている状態。
- 以て万物を万物に付す:物事を自然の理に任せて、強引に支配しようとしないこと。
- 天下を天下に還す:天下(世界・社会)を自分の手で動かそうとせず、本来あるべきところに任せるという態度。
- 世間を世間に出す:一見俗世間に生きながらも、それに囚われず、むしろ理想の世界(仏教でいう「出世間」)へと高めていくこと。
関連思想
本項には、老子の無為自然の思想が色濃く表れています。
特に以下の『老子』の章句が対応します:
- 「身を以てするを天下を為むるよりも貴べば、若ち天下を託すべし」
- 「天下は神器なり、為すべからざるなり。為す者は之を敗り、執る者は之を失う」
これらは「身を律する者にこそ天下を託せる」という思想を表し、
本項の「自己の完成と世界への関わり」を支える根拠となっています。
1. 原文
就一身了一身者、方能以萬物付萬物。還天下於天下者、方能出世閒於世閒。
2. 書き下し文
一身(いっしん)に就(つ)いて一身を了(お)する者、方(はじ)めて能(よ)く万物(ばんぶつ)を以(もっ)て万物に付(ふ)す。
天下(てんか)を天下に還(かえ)す者、方めて能く世間(せけん)を世間に出(い)だす。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「自分自身のことを、自分自身の中で完了させられる人であってこそ、万物をそれぞれ自然に任せることができる」
- 「天下をそのまま天下に返すことができる人であってこそ、世間にいながら世間を超えることができる」
4. 用語解説
- 就一身(いっしんに つく):自分自身の存在・人生に向き合うこと。
- 了一身(いっしんを りょうす):自己を完成させる。心身ともに自律している状態。
- 以萬物付萬物(ばんぶつをもって ばんぶつに ふす):自然の成り行きに任せる。執着せず調和の中に任せること。
- 還天下於天下(てんかを てんかに かえす):天下のことは天下に委ねる。自己の欲や支配から手を引く態度。
- 出世間於世間(せけんを せけんに いだす):俗世にいながらも俗に染まらない。超越した精神的境地。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
自分自身のことを自分の内で解決し、心身ともに整っている人だけが、世の中のあらゆる事物を自然のままに任せることができる。
また、天下(=社会・制度・権力)を自分の手に収めようとせず、それをそのまま天下に返すことができる人であってこそ、世間の中にあっても俗に染まらず、自由で清らかに生きることができるのだ。
6. 解釈と現代的意義
この章句の核心は「自己完成こそが、世界への対応の前提である」という教えです。
- 自己が整っていない者が、他者や万物を操作しようとすれば、混乱を生む
- 世の中を支配したいという欲を手放し、自然に委ねる境地が、本当の自由をもたらす
- いかに「世間」と付き合うかは、「自己」がどれだけ完了しているかにかかっている
これは、「内なる成熟」と「外との関係性」の整合を問う深い章句であり、現代的には“自己認識とセルフリーダーシップ”の本質と重なります。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「まず自分を整える」ことがマネジメントの第一歩
- 上司が未熟で感情的であれば、いくら立派な制度を整えてもチームは機能しない。
- 自己制御と自己理解が整って初めて、他者への関与に力が宿る。
✅ 「委ねる力」もまたリーダーの力量
- 万物を万物に付す=過干渉をやめ、部下や仕組みを信じて任せること。
- コントロール志向ではなく「仕組みに任せる」「信頼して託す」経営視点。
✅ 「世間にいて世間を超える」姿勢が、ビジョナリーリーダーの条件
- 利益や成果のみにとらわれず、社会的意義や哲学的軸を持って行動する。
- 自分が“社会を変える”のではなく、“社会と共に在る”という姿勢の重要性。
8. ビジネス用の心得タイトル
「自己を完了せよ──己を済まさずして、他を任じるな」
この章句は、経営者・管理職研修・セルフマネジメント研修の冒頭に据えると非常に効果的な言葉です。
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