一、章句(原文)
若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤を書付けて見たるに、二十、三十なき日はなし。果てもなく候故止めたり。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、云ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡におよばざることなり。
二、現代語訳(逐語)
若い頃、「残念記」と名づけ、その日一日の失敗や過ちを記録してみたところ、毎日二十件も三十件もあり、果てがないのでやめてしまった。
今でも、寝床で一日を振り返ってみると、言い間違いや失敗のない日は一日もない。
まったく、思い通りにいかないものだ。利口ぶって行動している人には到底思い至らないことであろう。
三、用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
残念記(ざんねんき) | その日一日の過ち・失敗を記録する反省ノート。自己鍛錬のための工夫。 |
果てもなく候 | 限りがない。無限に続くさま。 |
成らぬものなり | 完全にできるものではない、という意味。 |
利発任せ | 知恵や機転に頼って油断すること。反省をしない人への批判を含む。 |
四、全体の現代語訳(まとめ)
常朝は若いころ、自分の日々の過ちを記録する「残念記」をつけていたが、毎日あまりにも多くの誤りが見つかり、その果てのなさに驚き、途中で断念した。
しかし今でも一日を終えて反省すると、言葉や行動での失敗がない日はなく、人生とは思い通りにいかないものであると実感している。
それに気づかず、利口ぶって満足している人間には、この感覚は理解できないだろう。
五、解釈と現代的意義
この章句は、「人は不完全な存在である」という真理と、「だからこそ、日々の反省と内省が必要だ」という生き方の基本を教えています。
常朝は失敗の多さに驚きながらも、そのことを恥とせず、むしろ学びの源とした点に、武士の真の修養が表れています。
これは現代においても、「成長とは反省の積み重ねである」という自己管理・リーダーシップの根本理念に通じます。
六、ビジネスにおける解釈と適用(個別解説)
項目 | 解釈・適用例 |
---|---|
日報・週報文化 | 単なる成果の記録ではなく、失敗や「もっとよくできたこと」を意識して書くことで、反省が次の行動改善に結びつく。 |
リーダーの姿勢 | 部下の前で自らの反省を言語化できる上司は、信頼と学びの源泉となる。 |
PDCA・振り返り会 | 事実だけでなく「何ができなかったか」「なぜ間違えたか」を冷静に捉えることで、組織全体の学習速度が上がる。 |
新人教育・自己認識 | 成果に一喜一憂せず、失敗を見つける目と習慣を育てることが、自律型人材を育てる第一歩。 |
七、心得まとめ
- 人間は日々、多くの過ちを犯している。それに気づけるかどうかが修養の分かれ目である。
- 完璧を目指すのではなく、不完全を認め、改善を繰り返すことが真の強さ。
- 「反省」は他人の評価で行うものではなく、自分で毎日見つけて記録する習慣が大切。
- 成功の裏には、**見えない「残念記」**が必ず存在している。
- 組織でも個人でも、「振り返りの質」が未来を決定づける。
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