MENU

欲望の一歩は崖、信念の一歩は道を遠ざける

人の欲望を満たす道は、手軽で楽に見えるが、
「ほんの少しだけ」と軽い気持ちで手を出してしまうと、
その一歩がやがて際限ない深みに変わり、
ついには身を持ち崩し、奈落の底まで落ちてしまう。

一方、自分の信じる「道理にかなった生き方」は、
たしかに険しく、時に困難を伴うものである。
しかし、「少しぐらい妥協してもいいだろう」と考えてしまえば、
その小さな退歩は、やがて道理との距離を千の山ほどにも広げてしまう。

欲に妥協すれば堕落に至り、信念に妥協すれば迷走する。
だからこそ、人は欲望に流されず、
正しいと思う道に、一歩も退かぬ覚悟で生きるべきである。


「欲路上(よくろじょう)の事(こと)は、其(そ)の便(べん)を楽しみて、
姑(しばら)くも染指(せんし)を為(な)すこと毋(なか)れ。
一(ひと)たび染指せば、便(すなわ)ち深く万仞(ばんじん)に入(い)らん。
理路上(りろじょう)の事は、其の難(なん)を憚(はばか)りて、
稍(わず)かも退歩(たいほ)を為すこと毋かれ。
一たび退歩せば、便ち遠(とお)く千山(せんざん)を隔(へだ)てん。」


注釈:

  • 欲路上の事(よくろじょうのこと)…欲望を満たす道。安易な快楽や利益に惹かれる行動。
  • 染指(せんし)…文字どおり「指を染める」。欲望に手を出すこと。ほんの少し関わること。
  • 万仞(ばんじん)…非常に深い谷。仞(じん)は古代中国の長さの単位で、万仞は深淵の象徴。
  • 理路上の事(りろじょうのこと)…道理にかなったこと、正しいと信じる行い。
  • 退歩(たいほ)…一歩後退すること。妥協や譲歩のこと。
  • 千山を隔つ(せんざんをへだつ)…遥かに遠く隔たる。二度と戻れないほどの距離になるという比喩。
目次

1. 原文

欲路上事、毋樂其便而姑爲染指。一染指、便深入萬仞。
理路上事、毋憚其難而稍爲退步。一退步、便隔千山。


2. 書き下し文

欲路上の事は、その便(たやすさ)を楽しみて、姑(しばら)くも染指を為すことなかれ。
一たび指を染むれば、すなわち深く万仞に入らん。
理路上の事は、その難を憚りて、稍(すこ)しも退歩を為すことなかれ。
一たび退歩すれば、すなわち千山を隔てん。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 「欲路上の事は、その便を楽しみて、姑くも染指を為すことなかれ」
     → 欲望の道にあることは、たとえ一時的に楽で便利に見えても、軽い気持ちで手を出してはならない。
  • 「一たび指を染むれば、すなわち深く万仞に入らん」
     → 一度でも手を出せば、あっという間に底知れぬ深みにまで落ち込んでしまう。
  • 「理路上の事は、その難を憚りて、稍しも退歩を為すことなかれ」
     → 道理にかなったことであれば、たとえ困難であっても、少しでも後ずさりしてはならない。
  • 「一たび退歩すれば、すなわち千山を隔てん」
     → 一歩でも退けば、理の道から遠く千の山に隔てられたように、容易には戻れなくなってしまう。

4. 用語解説

  • 欲路(よくろ):欲望の道。利己的で安易な快楽や利益に通じる道。
  • 便(べん):便利さ、手軽さ、楽なこと。
  • 姑爲(しばらくなす):一時的に・軽い気持ちで行うこと。「ちょっとだけ」「試しに」。
  • 染指(せんし):指を染める。物事に手を出すこと、関与し始めること。
  • 万仞(ばんじん):非常に深いという意味の比喩。仞は古代中国の深さの単位で、「万仞」は計り知れない深さ。
  • 理路(りろ):道理の道。正義・真理・理性にかなった生き方や行動。
  • 退歩(たいほ):後ずさること、後退すること。
  • 隔千山(せんざんをへだつ):千の山に隔てられる=大きな隔たりができてしまう意。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

欲望の道にある物事は、たとえ一時的に便利で楽そうに見えても、安易に関わってはならない。
一度でも手を出せば、際限なく深みにはまり、抜け出すのが困難になる。

一方、道理にかなったことは困難に見えるが、それを怖れて少しでも退いてはいけない。
一歩でも後退すれば、正しい道からはるか遠く、取り戻しがたい距離が生まれてしまう。


6. 解釈と現代的意義

この章句は、**「安易な快楽は深い落とし穴、困難な正道は一歩の前進が未来を開く」**という道徳の根幹を説いています。

欲望に駆られて始めた小さな過ちも、気がつけば抜け出せない沼になる。
逆に、正しいことは最初こそ厳しく見えても、一歩を踏み出す勇気があれば、道は続いていくのです。

この視点は、行動の選択と習慣形成における重大な分岐点を鋭く指摘しています。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

● 「ちょっとだけ」の妥協が大きな損失につながる

短期利益のために基準を緩める、ルールを破る、コンプラを曖昧にする——
たとえ一回限りでも、その一手が「万仞」の落とし穴となり得ます。

● 困難なプロジェクトほど、初動で逃げるな

リソース不足、社内反発、成果の不透明さ… 理にかなった案件でも、つい後回しにしたくなります。
しかしここで一歩退けば、それは“実現可能性”との決定的な距離になります。

● 真のリーダーは「苦しい道」を選び取る勇気を持つ

楽な道には真の価値はない。リーダーに求められるのは、欲望ではなく理性を選ぶ意思決定力です。
それは一見小さな判断でも、組織文化を大きく左右します。


8. ビジネス用の心得タイトル

「“ちょっとだけ”が深淵を呼ぶ──正道一歩に価値あり」


この章句は、一瞬の判断が人生・組織を決定づけるという深い真理を伝えています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次