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思想に軸がなければ、行動はぶれる

根本が二つあると、矛盾と混乱を生むだけである

墨子を信奉する夷之(いし)は、孟子の批判に反論するために『書経』の一節を引用する:

「昔の聖人は民を保ち愛すること、赤子を保んずるがごとし」
⇒ つまり、儒家も「無差別の愛」を説いているのではないか?

この言葉を孟子に伝えた徐子に対し、孟子は即座にその誤解を正す。

書経の意味は「兼愛」ではない

孟子は言う:

「夷子は、本当に兄の子を愛するのと、隣人の赤子を愛するのが同じだと信じているのか?」

「書経の言葉はそういう意味ではない。あれは、井戸に落ちそうな赤子を保護するように、
民を守れという政治的比喩なのだ」

孟子はここで、**情と倫理に根ざした自然な愛情の序列(親から始まる愛)**と、行動原理としての政治的責任を明確に区別している。

自然の道理は「本を一つにする」こと

孟子の核心的主張:

「天が万物を生み出す根本(本)は一つである」

それなのに、夷之は:

  • **理念としての兼愛(愛に差をつけない)**を掲げる一方で
  • 親に対しては手厚く葬る(差をつけている)

このように、**二つの異なる価値基準(=本を二にする)**を同時に持つことで、
言動不一致や行動の矛盾が生じる

本章の主題

この章は、孟子が一貫して主張する儒家倫理の柱――

「仁愛は親から始まり、そこから他者へと広がっていくべきである」

という思想を、墨家の兼愛に対する明確なカウンターとして提示した場面である。

  • 「無差別の愛」は一見正しく見えても、現実には破綻する
  • 「自然な人間の情」に根ざした道徳こそ、矛盾のない、社会的秩序の基盤である

この章は、思想的整合性を非常に重視する孟子の哲学が最も鮮やかに現れた箇所です。
「善意の理念」であっても、それが人情や現実と食い違えば破綻する――この戒めは、現代の価値観にも通じる普遍性を持っています。

目次

原文

徐子以告夷子。
夷子曰:「儒者之道,古之人若保赤子。此言何謂也?之則以為,愛無差等,施由親始。」

徐子以告孟子。
孟子曰:「夫夷子,信以為人之親其兄之子,為若親其鄰之赤子乎?彼取爾也。赤子匍匐將入井,非赤子之罪也。且天之生物也,使之一本,而夷子二本故也。」

書き下し文

徐子(じょし)、以て夷子(いし)に告ぐ。
夷子曰く、「儒者の道は、古(いにしえ)の人、赤子(せきし)を保(やす)んずるがごとし。此の言、何の謂(い)ぞや。之(これ)は則(すなわ)ち以為(おも)えらく、愛に差等(さとう)無く、施すは親より始まる。」

徐子、以て孟子に告ぐ。
孟子曰く、「夫(そ)れ夷子は、信に以て、人の其の兄の子を親(した)しむこと、其の隣の赤子を親しむがごとしと為すか。彼(か)の如くするは、取ること有りてのみなり。赤子の匍匐(ほふく)して将に井に入らんとするは、赤子の罪に非(あら)ざるなり。

且つ天の物を生ずるや、之をして本を一にせしむ。而(しか)るに夷子は本を二にす。故なり。」

現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 徐子が夷子に孟子の考えを伝えた。
  • 夷子は言った。「儒者の道は、昔の人が赤ん坊を守るようだという。この言葉はどういう意味か?
    私(夷子)はこう考える。愛には差別がなく、だれにでも等しく与えられる。ただし、施しはまず親から始まるべきだ。」
  • 徐子が孟子にその言葉を伝えた。
  • 孟子は答えた。「夷子は本当に、人は自分の兄の子も、隣人の赤ん坊も同じように可愛がるべきだと思っているのか?
    彼がそう言うのは、自分に都合の良い理屈としてそう言っているにすぎない。
  • 赤ん坊が這って井戸に落ちそうになっても、それは赤ん坊のせいではない。
  • 天(自然)は、生き物を“共通の根源”から生み出した。
    にもかかわらず、夷子はそれらを“別々の原理”として扱おうとする。だから誤っているのだ。」

用語解説

  • 夷子(いし):墨家に属する思想家。儒家と対立し、兼愛(すべての人を平等に愛する)を主張。
  • 徐子(じょし):孟子と夷子との仲介者のような役割。
  • 赤子(せきし):赤ん坊、幼児のこと。儒家では「無垢な存在」として倫理観の象徴になる。
  • 保赤子:「赤ん坊を守るように慈しむ」こと。儒家の理想的な人間愛の比喩。
  • 差等(さとう):差別、優劣のこと。ここでは「愛の優先順位」の有無。
  • 匍匐(ほふく):腹ばいで這い回ること。赤ん坊の動作を表す。

全体の現代語訳(まとめ)

墨家の夷子は「すべての人を平等に愛すべきであり、まず親に対して始めるに過ぎない」と主張する。これに対して孟子は「それは本心ではなく、都合のよい理屈にすぎない」と厳しく反論する。人間は自然によって本来ひとつの存在から生まれているのに、敢えて愛に区別がないと称しながら、実際には差を設けているのは矛盾だ、というのが孟子の主張である。

解釈と現代的意義

「理念の普遍性」と「感情の現実性」のバランス

孟子の批判は、抽象的な平等(兼愛)だけでは人間関係は成り立たず、現実には“親しみ”や“優先順位”があるという、人間感情に根ざしたリアリズムである。

  • 普遍的な博愛思想は高尚であっても、現実には“親・兄弟・家族”をまず大切にするのが人情であり、それを無視する愛は逆に偽善的である。
  • 他者への愛は「身近な人への真の愛」から自然に広がるべきであり、「等しくすべての人を愛する」と言いながら実際にはそうしない人こそ信頼できない。

ビジネスにおける解釈と適用

「リーダーシップにおける“親しみ”と“公正”のバランス」

  • 組織内で「誰に対しても公平である」と言いながら、実は自分の利益を考えた行動を取っている人は、周囲に見抜かれてしまう。
  • 本当のリーダーは、まず身近な部下やチームメンバーを大切にし、その姿勢が他部署や社外に広がる。
  • 「誰にでも優しい」より、「一人ひとりに真剣に向き合う」ことのほうが信頼を生む。

まとめ

「平等より誠実──“誰にでも同じ”より、“本気で関わる”を貫け」

この章句は、儒家の“仁”が単なる理想論ではなく、「人間の本質」に根ざした倫理であることを強調しています。理想と現実をどうバランスさせるか、リーダーシップにおける感情と公正のあり方を考えるうえでも、非常に重要な教訓です。

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