時代も場所も違えど、「道」はひとつである
孟子は、聖人たちがどの時代・地域に生まれようとも、真に「道(みち)」を得て歩む者は、同じ志をもって一致すると説いた。
舜は東方の地に、文王は西方の地に生まれた。ふたりの生まれも育ちも、さらには時代すら千年も隔てている。
にもかかわらず、彼らが志を遂げて「中国(ちゅうごく/世界の中心=理想の地)」で道を実践した姿は、まるで割符(ふせつ)をぴたりと合わせたかのように一致していた。
孟子はこの事実から、時代が移り変わっても、普遍の「正しき道(=儒の教え)」は不変であることを力強く語っている。
注釈
- 舜(しゅん):古代中国の伝説的な聖王。尭の後継者。
- 文王(ぶんのう):周の創始者・周公の父。徳をもって民を治めた理想的な王。
- 東夷・西夷:中国の東方・西方の地方の意。辺境の地を指すが、ここでは出生地の違いを示す。
- 符節(ふせつ):割符。二つの符を合わせて同一であることを確認する証。ここでは志の一致を表す比喩。
- 揆(みち):ここでは「考えや行い」「道筋」の意。普遍的な道理。
心得の要点
- 舜と文王は、地理的・時間的に隔たっていたが、志と行動は一致していた。
- 時代や場所が違っても、正しい「道」は変わらない。
- 孔子の教えもまた、そうした普遍の道の継承に位置づけられる。
- 真理は時代に左右されず、何度でも立ち返ることができる。
原文
孟子曰、舜生於諸馮、遷於負夏、卒於鳴條、東夷之人也。
文王生於岐周、卒於畢郢、西夷之人也。
地之相去也、千有餘里。世之相後也、千有餘歲。
得志行乎中國、若合符節。先後其揆一也。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、舜(しゅん)は諸馮(しょひょう)に生(う)まれ、負夏(ふか)に遷(うつ)り、鳴條(めいじょう)に卒(しゅっ)す。東夷(とうい)の人なり。
文王(ぶんのう)は岐周(きしゅう)に生(う)まれ、畢郢(ひつえい)に卒(しゅっ)す。西夷(せいい)の人なり。
地(ち)の相(あい)去(さ)るや、千有余里(せんゆうより)。世(よ)の相(あい)後(おく)るるや、千有余歳(せんゆうよさい)。
志(こころざし)を得て中国(ちゅうごく)に行(おこな)うは、符節(ふせつ)を合(ごう)するがごとし。先聖(せんせい)後聖(こうせい)、其(そ)の揆(き)一(いつ)なり。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「孟子曰く、舜は諸馮に生まれ、負夏に遷り、鳴條に卒す。東夷の人なり。」
→ 孟子は言った。「舜は諸馮で生まれ、負夏に移住し、鳴條で亡くなった。彼は東方の夷族の出身である。」 - 「文王は岐周に生まれ、畢郢に卒す。西夷の人なり。」
→ 「周の文王は岐の地で生まれ、畢郢で亡くなった。西方の夷族の出身である。」 - 「地の相去るや、千有余里。世の相後るるや、千有余歳。」
→ 「その生地は千里以上も離れており、時代も千年以上隔たっている。」 - 「志を得て中国に行うは、符節を合するがごとし。」
→ 「しかし彼らが志を得て中原(文明の中心)で行ったことは、まるで符節(合札)がぴたりと合うように一致していた。」 - 「先聖後聖、其の揆一なり。」
→ 「古の聖人も後の聖人も、その本質・基準は一致していたのだ。」
用語解説
- 舜(しゅん):古代中国の伝説的な聖王。堯から帝位を譲られた理想の王とされる。
- 文王(ぶんのう):周の開祖であり、後の周王朝の礎を築いたとされる聖王。
- 東夷・西夷:中原から見て東・西の辺境に住む異民族または周辺国の人々。蔑称ではなく「外縁の地」の意味合い。
- 符節(ふせつ):通行証や命令書などに使われる木札。半分に割って片方を保持し、もう片方が来たときに一致すれば正当な証となる。
- 揆(き):測る基準、物差し、道理の意味。
全体の現代語訳(まとめ)
孟子は言った。
「舜は東方の辺境に生まれ、文王は西方の辺境に生まれた。生まれた場所も時代も千年以上隔たっているが、二人が志を得て中原で行った政治は、まるで割った札がぴたりと合うように一致していた。
つまり、時代や出身が異なっても、聖人の道というものは、変わらぬ同じ基準を持っているのだ。」
解釈と現代的意義
この章句は、時代や出自に関係なく、真に価値ある行動や人物は共通の原理に基づいているという孟子の普遍主義を示しています。
孟子は、文化的・地理的差異にとらわれず、志を持って中原で王道を実践した舜と文王を並べて称えることで、「人の本質は環境ではなく、その志と行動にある」と力強く訴えています。これは現代におけるダイバーシティやグローバルリーダーシップに通じる考え方でもあります。
ビジネスにおける解釈と適用
- 「出身や経歴に関わらず、本物のリーダーは志と実行で評価される」
学歴、国籍、業界経験といった表層的な属性ではなく、**「何を志し、何を成すか」**が本質だということを示しています。 - 「時代を超えて通じる原理=普遍的価値観に基づく判断が重要」
短期的な流行に流されず、誠実さ・正義・公共のためという時代を超える価値軸に基づく経営・判断が、最終的には信頼を勝ち得ます。 - 「多様なバックグラウンドの人材を“志”でつなぐ組織文化を」
国籍、年齢、部署、職歴に関係なく、共通の理念(ミッション)で結ばれた組織は強い。舜と文王のように「揆(き)=共通原理」が一致すれば、統一された行動力が生まれる。
ビジネス用心得タイトル
「出自を問わず、志と行動で信頼を得よ──真のリーダーは時代と場所を超える」
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