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老いてなお清く、智慧と信で生きる喜び


目次

■引用原文(日本語訳)

第二三章 象(三三三)
老いた日に至るまで戒しめをたもつことは楽しい。
信仰が確立していることは楽しい。
明らかな知慧を体得することは楽しい。
もろもろの悪事をなさないことは楽しい。


■逐語訳

  • 老いた日に至るまで:人生の晩年・高齢期になってもなお。
  • 戒しめをたもつことは楽しい:道徳的な規律・仏教の戒律を守り続けることが、内的満足と安らぎをもたらす。
  • 信仰が確立していること:動揺せず、確かな信念・精神的支柱を持って生きていること。
  • 明らかな知慧を体得すること:物事の本質を見抜く智慧を学び、実感を伴って理解すること。
  • もろもろの悪事をなさないこと:悪いこと・非道徳的な行いを避け続けること自体が幸福をもたらす。

■用語解説

用語解説
戒しめ(シーラ)仏教における道徳・戒律。五戒や八戒など、行為と言葉を整える規範。
信仰(サッダー)仏・法・僧に対する信頼、あるいは自分の生き方への確信。盲目的ではなく「確立した精神的拠り所」。
明らかな知慧(パッニャー)観察・理解・洞察を通じて得られる実践的な智慧。仏教では最高の価値。
悪事をなさない単に「しない」ではなく、「自覚して避け続けること」が評価されている。

■全体の現代語訳(まとめ)

老いるまで一貫して正しい規律を守り続けることは、深い安らぎと喜びをもたらす。
確かな信仰を持ち、それを人生の支えとできることもまた、喜びである。
さらに、物事の真理を見抜く智慧を得たとき、人は本当の意味で満たされる。
そして、あらゆる悪事を避けること自体が、清らかな喜びとなる。


■解釈と現代的意義

この節は、「何が本当の楽しみなのか」という問いに対し、外的快楽ではなく、内面的成熟と清らかさこそが真の喜びであると説いています。
老いてもぶれず、信をもち、真理を学び、悪を避ける――この四つの柱こそ、持続的で穏やかな幸福を支えるものです。

現代社会では、年を重ねるにつれ「自由に生きたい」「緩くなりたい」と感じる傾向もありますが、仏教ではむしろ年を重ねるからこそ清く、静かに、誠実に生きることが最上の幸福だと示しています。


■ビジネスにおける解釈と適用

観点適用例
一貫性の価値若い時だけでなく、年齢を重ねても誠実な姿勢を貫くことで、長期的な信頼を獲得できる。
信念ある働き方世間の変化に動じず、自分の中にしっかりとした信条やビジョンがある人は、精神的にぶれない。
学び続ける姿勢表面的な知識ではなく、本質を捉える「知慧」を持つ人は、状況判断や意思決定において優れている。
倫理の重要性成功よりも「何をしなかったか」「どう生きたか」が、晩年における満足感と尊敬につながる。

■心得まとめ

「清らかに生きることが、老いの幸福をつくる」

長い人生を通じて、戒めを守り、信を持ち、智慧を深め、悪を避ける――
それこそが、どんな快楽にも勝る本当の楽しさ・人生の完成である。
ビジネスの現場でも同じこと。
年を重ねるごとに誠実さと静かな強さを身につける人は、最後にこそ最も信頼され、尊敬される。


『象』章の締めくくりにふさわしく、**「成熟した人格こそが喜びを生む」**という、仏教の核心思想が凝縮された節です。

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