孟子はこの章で、「人は本来、自分の身を愛している。しかし、その“愛し方”と“養い方”を誤ると、小人になる」と警告しています。
つまり、自分を大切にすることは正しいが、“どこを・どう養うか”が極めて重要であり、そこに人格の高下が生まれるという教訓です。
人は誰しも、自分の体のすべてを愛している
孟子はまず、人の自然な自己愛について述べます:
「人は、自分の身について、愛さないところはない。
愛さないところがないので、養わないところもない」
つまり、どんなに小さな部分――
- 一尺(約30cm)や一寸(約3cm)ほどの皮膚
- 指先や髪の毛ですら
――に対しても、人は無意識に守り、手入れをし、保護しようとします。
それが**“自己愛”の自然な働き**であり、本来の姿です。
しかし、“何をどう養うか”を知らないと迷う
問題はここからです。孟子は問いかけます:
「その“養い方”の善し悪しは、どこで判断するのか?
それは他人に聞くことではなく、自分自身を見て判断するしかない」
そしてこう続けます:
「人の体には、貴い部分と賤しい部分、重要な“大”と些末な“小”がある」
孟子が言う「貴く、大なる部分」とは:
- 心
- 志
- 理性や道徳的判断力
一方、「賤しく、小なる部分」とは:
- 目、耳、口、腹
- 欲望・快楽に基づく本能的な欲求
欲望ばかりを養うと“小人”になる
孟子は明言します:
- 小を養って大を害するな
- 賤を養って貴を害するな
つまり、快楽や食欲、感覚的な満足ばかりを追って、心や志を粗末にしてはいけないということ。
そして最後にきっぱりとこう言います:
「小なる部分を養う者は“小人”であり、
大なる部分を養う者は“大人(たいじん)”である」
出典原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
人の身に於(お)けるや、愛する所を兼(か)ぬ。愛する所を兼ぬれば、則(すなわ)ち養う所を兼ぬ。
尺寸(せきすん)の膚(ふ)も愛せざること無(な)ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。
其の善・不善を考うる所以(ゆえん)の者は、豈(あに)他(た)に有(あ)らんや。己に於いて之を取るのみ。
体に貴賤(きせん)有り、小大(しょうだい)有り。
小を以(もっ)て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。
其の小を養う者は小人たり。其の大を養う者は大人たり。
注釈
- 小人:欲望に支配される人物。品格に欠け、自分の本心より外的な利益を重んじる。
- 大人(たいじん):徳と志を備えた人格者。孟子の理想とする君子像。
- 尺寸の膚:体の極小の部分のたとえ。ここでは「目に見える部分」。
- 貴賤・小大:心と志(貴・大)と、感官的欲望(賤・小)との対比。
パーマリンク候補(英語スラッグ)
nourish-your-heart-not-your-greed
「欲望でなく心を養え」という主張を明確に表現。
その他の候補:
- become-a-great-person(大人になれ)
- what-you-feed-defines-you(何を養うかがあなたを定義する)
- nurture-virtue-not-appetite(徳を養い、欲を育てるな)
この章は、孟子思想の中でも人間の生き方・人格の鍛え方に直結する核心の一つです。
「自分を大事にする」とは、自分の“本当に貴い部分”を育てることであり、
それを見誤ると、自分を愛するつもりで、自分を最も卑しくしてしまうのだという警告が込められています。
『孟子』告子章句下より
「人は己をいかに養うか──“小人”と“大人”を分ける尺度」
1. 原文
孟子曰、人之於身也、兼愛、兼愛則兼養也、
無尺寸之膚不愛焉、則無尺寸之膚不養也、
以考其善・不善者、豈他哉、於己取之而已矣、
體有貴賤、有小大、無以小害大、無以賤害貴、
養其小者為小人、養其大者為大人。
2. 書き下し文
孟子曰(いわ)く、
人の身に於(お)けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所をも兼ぬ。
寸尺(すんせき)の膚(はだえ)も、愛せざること無ければ、則ち寸尺の膚も養わざること無きなり。
その善・不善を考うる所以(ゆえん)の者は、豈(あ)に他にあらんや。己に於いてこれを取るのみ。
体に貴賤あり、小大あり。小を以って大を害するなかれ。賤を以って貴を害するなかれ。
その小を養う者は小人なり。その大を養う者は大人なり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 孟子は言った:
「人は自分の身体について、どの部分も等しく大切に思い、全体を愛している。
全体を愛すれば、全体を養うことになる。」 - 「だから、身体のどんなに小さな一寸(約3cm)ほどの皮膚さえも大事にする。
だからこそ、どの部分も粗末にしないで養おうとする。」 - 「では、自分の中の“善と不善”をどう見分けるかといえば、
それは外に答えを求めるのではない。
自分自身の内に、それを取る基準があるのだ。」 - 「身体にも“貴い部分”と“賤しい部分”、“大きなこと”と“小さなこと”がある。
小さなことのために大を損ねてはいけない。
賤しいもののために貴いものを損なってはならない。」 - 「小さなことを養い、大事にする人は“小人(つまらぬ人)”であり、
大きなことを養い育てる者は“大人(立派な人)”である。」
4. 用語解説
- 兼愛(けんあい):全体を等しく愛すること。
- 尺寸(すんせき)之膚(ふ):ほんのわずかの皮膚。全身のごく一部。
- 善・不善:善悪。ここでは人格的善悪や行為の価値判断。
- 體(からだ):身体。比喩として「人間の構成・人格」も含む。
- 小・大、賤・貴:比喩的に“ささいな欲望”と“崇高な志”などの対比。
- 小人・大人:道義や志を持たない俗人と、品格ある人。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言いました:
「人は自分の体を大切にし、どの部分も粗末に扱わない。
小さな皮膚の一部でさえ愛していれば、きちんと養うようにする。」
「では、自分の善悪の判断はどこから来るか?
それは外部にあるのではなく、自分の内面が基準なのだ。」
「人間の中には、貴い部分と賤しい部分、志の大小がある。
くだらない部分にこだわり、高貴な部分を損ねてはならない。」
「つまらぬことを重視する人は“小人”であり、
志や徳といった“大きなもの”を育てる人こそ“大人”である。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、自己理解と人格形成の本質を述べています。
- 「どこを大切にするか」でその人の人格が決まる。
- 他人の評価ではなく、自分の中にある“判断基準”で自分を見つめよ。
- 小さな欲に流され、大きな目標を犠牲にするなら、それは“小人”の姿。
孟子は、「心身をどう“養う”か」によって、
人は“大人(人格者)”にも“小人(卑しい人)”にもなりうると説いています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「目先の利益ではなく、志を養え」
売上・数字・短期的結果に囚われて、「信念」や「ブランドの本質」を犠牲にするなら、それは“小を養い大を損なう”小人の行為です。
✅ 「“本質的価値”にエネルギーを注ぐ」
些末な議論、体裁、損得よりも、チームの信頼・理念・戦略的視点に重きを置くリーダーこそ「大人」といえます。
✅ 「自己の弱点にこだわらず、強みと志を育てる」
社員教育や自己成長でも、“苦手克服”より“長所を活かす方向”へ育てる視点が必要。
8. ビジネス用心得タイトル
「小を養えば小人となる──大志を養い大人たれ」
孟子はこの一節で、**“人間の真価は、何を養い、何を育てるか”**にあると喝破します。
小さな利益や欲望を大切にして、大きな志を損なえば、いつしか人格も劣化していく。
自らの中にある“善・不善”を見抜き、
小さな自分ではなく、“志を持った自分”を育てることの大切さを教えています。
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