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■引用原文(日本語訳)
「それ故、ドリタラーシトラの息子たちとその縁者を殺すべきではない。
実に、親族を殺して、どうして幸せになれよう。」
―『バガヴァッド・ギーター』第1章 第37節
■逐語訳(一文ずつ)
- 「だからこそ、
- ドリタラーシトラの息子たち(カウラヴァ)や、
- その親族を殺すべきではない。
- なぜなら、
- 自分の親族を殺して、
- どうして私たちが真の幸福(スカ)を得られようか?」
■用語解説
- それ故(タスマート):前節までの論理的帰結。罪を犯すことになる → ゆえに行うべきでない、という流れ。
- 親族(スヴァジャナーン):広義には家族・親戚・血縁者すべてを含む。インド文化では非常に重い意味を持つ関係。
- 幸せ(スカ):感覚的な快楽だけでなく、精神的な充足や魂の安寧も含む。ここでは「結果としての人生の豊かさ」を意味する。
■全体の現代語訳(まとめ)
だから私は、たとえ相手が間違っていたとしても、親族である彼らを殺すことはできない。
たとえ王国を手にしようとも、その代償が血のつながった者たちの命であるならば、それで得られる幸福は本物ではない。
――アルジュナはそう考え、戦いそのものを否定し始めている。
■解釈と現代的意義
この節では、「結果として何かを得ても、それが正しい手段によるものでなければ幸福ではない」という根本的な倫理観が語られています。
たとえ形式的に勝利し、権力・名誉・報酬を得ても、その過程で大切な人間関係を壊してしまえば、その結果は空虚である。
この価値判断は、現代においても非常に重要な教訓です。
競争社会の中で「勝ちさえすれば良い」「成果さえ上がれば良い」という風潮に流されない、倫理的な一線を思い出させてくれます。
■ビジネスにおける解釈と適用
観点 | 適用例 |
---|---|
成果至上主義への警鐘 | 部下や同僚との信頼を犠牲にして成果を上げても、後味の悪さや人望の喪失が将来の損失を招く。 |
関係性の価値の重視 | 数字や目標を達成することよりも、関係性の維持・修復のほうが長期的に意味がある場面もある。 |
倫理的な意思決定 | 利益のために顧客・取引先・社内チームを裏切るような行為は、どれほど成功しても心からの満足を得られない。 |
人間関係を守る力 | 衝突や誤解があっても「壊す」よりも「守る」ことに力を使える人が、信頼されるリーダーになる。 |
■心得まとめ
「守るべきものを壊してまで得た成功に、幸せは宿らない」
アルジュナは、戦いによって得られる「幸福」そのものに疑問を抱く。
血を流すことではなく、血縁を守ることにこそ真の勝利がある。現代においても、成功や達成に酔う前に、「その過程で誰を傷つけていないか」を省みる謙虚さが、成熟した判断力を育てる。
次の第38節以降では、アルジュナが「敵がどれほど罪深くとも、我々が徳を失ってはいけない」と道徳的にさらに踏み込んで語ります。
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