一見、神聖で清らかに見える仏門の世界。
しかしその中には、現実からの逃避や感情の暴走によって飛び込んだ者も少なくない。
たとえば――
男に執着し、情欲に溺れた女性が、
心の混乱を矯(た)めようとするあまり、極端に振れて尼となる。
また、感情的でのぼせやすく、注目されたいという思いの強い男が、
一時の激情に駆られて、仏門に身を投じる。
こうした人々が集まってしまえば、
本来「清浄の門」であるはずの場所が、
いつの間にか、みだらな欲望や邪心が渦巻く「巣窟」となってしまう。
見かけの装いや所属だけで「高潔」とは言えない。
大切なのは、その人の“内面の静けさ”と“本心の浄らかさ”なのである。
原文とふりがな付き引用
淫奔(いんぽん)の婦(ふ)は、矯(た)めて尼(あま)と為(な)り、
熱中(ねっちゅう)の人(ひと)は、激(げき)して道(みち)に入(い)る。
清浄(しょうじょう)の門(もん)、常(つね)に婬邪(いんじゃ)の淵藪(えんそう)と為(な)るや、此(か)くの如(ごと)し。
注釈
- 淫奔(いんぽん):情欲に溺れ、行動を抑えきれない女性。
- 矯して(た)めて:過ちや過剰を無理に正そうとするあまり、逆に極端に偏ること。
- 熱中の人:感情に流されやすく、のぼせやすい性格の人。
- 道に入る:仏門や修道の世界に入る。出家すること。
- 清浄の門:本来は俗世から離れて清らかさを求める門、仏道の入り口。
- 婬邪の淵藪(いんじゃのえんそう):欲望と邪念が渦巻く場。巣窟。
関連思想
- 『論語』や儒教思想でも「見かけだけの徳」や「行動に伴わない名声」を戒めている。
- 仏教内部の自己批判的視点:戒律を破る出家者への批判や自省は、仏教の伝統にも見られる。
- この章は、外面ではなく内面の「本当の清浄」こそを問う、『菜根譚』らしい鋭い観察と風刺が込められている。
パーマリンク案(英語スラッグ)
not-all-robes-are-pure
→「僧衣をまとっていても、心が清いとは限らない」という本質を直感的に表現。
その他候補:
- virtue-is-not-a-costume(徳は着飾るものではない)
- beware-false-purity(偽りの清浄に注意せよ)
- still-impure-behind-the-cloak(布の裏に欲は残る)
この章は、信仰や清浄の“形式”と“本質”の違いを厳しく指摘し、真に問うべきは「内なる浄らかさ」であると教えています。
1. 原文
淫奔之婦、矯而為尼。熱中之人、激而入道。清浄之門、常為婬邪之淵藪也如此。
2. 書き下し文
淫奔(いんぽん)の婦(ふ)は、矯(た)めて尼(あま)と為(な)り、
熱中(ねっちゅう)の人は、激(げき)して道(みち)に入(い)る。
清浄(せいじょう)の門(もん)、常(つね)に婬邪(いんじゃ)の淵藪(えんそう)と為(な)るや、此(こ)れ如(し)くなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「淫らで奔放だった女性が、態度を変えて尼僧になったとしても──」
- 「熱に浮かされたような性格の者が、急に激して出家し“道”に入ったとしても──」
- 「“清らかさ”を掲げる門(宗教や道徳)は、しばしばかえって、婬邪(=欲望や偽善)の巣窟となる」
- 「現実とは、まさにこのようなものである」
4. 用語解説
- 淫奔の婦(いんぽんのふ):性に奔放で道徳に反する行動を取る女性。
- 矯(た)める:作為的に正す、表面的に修正すること。偽って装うニュアンス。
- 尼(あま):出家して仏道に入った女性。
- 熱中の人:衝動的・情熱的でバランスを欠く性格の人。
- 道に入る:道教や仏教、修行的な生活に入ること。
- 清浄の門:宗教や徳の道、精神修養の場の象徴。
- 婬邪の淵藪(えんそう):欲望や邪念が潜む根源。堕落の温床。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
かつて淫らに生きてきた女が、態度を取り繕って尼僧になったとしても、
また、情熱に駆られて生きてきた人間が、衝動的に宗教や道に入ったとしても──
“清浄”を看板に掲げた場が、しばしば欲望や邪念の巣窟になるのが、世の常である。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「極端から極端へ」「偽善的な姿勢」「清らかさの仮面の裏の危うさ」をテーマにしています。
- 人間は往々にして、“悪”から急に“善”に転じたように見えても、それは演技であることが多い
- “清浄”を強調する環境ほど、その内側には反動的な“淫邪”が蓄積している可能性がある
- 中庸を失い、外面ばかりを整えようとする生き方は、かえって歪みを生む
この思想は、現代における“道徳のポーズ”や“偽装された清潔さ”に対する鋭い批評としても読めます。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「急激なキャラ変・方向転換には要注意」
- 急に“誠実な自分”を演じ始めた社員、急に“倫理”を語り出すリーダーには、根っこの動機をよく見ること。
- 「装った徳」は、やがて反動として爆発することがある。
✅ 「“クリーンなブランド”ほど内部の統制に敏感であれ」
- 倫理性・社会性をアピールする企業ほど、ガバナンス・内部チェック体制を怠ってはならない。
- 不祥事の多くは、理想を語りすぎた反動から生まれる。
✅ 「“熱量”だけでプロジェクトに突っ込むな」
- 情熱的な人物が、冷静な視座なくプロジェクトにのめり込むと、暴走や歪みが起きやすい。
- 継続性・内省・周囲の声に耳を傾ける姿勢が大事。
8. ビジネス用の心得タイトル
「“清らかさ”を掲げる者ほど、その裏を慎重に見る」──装いは善でも、実は邪」
この章句は、コンプライアンス教育、倫理研修、リーダー評価制度の見直しに特に有用です。
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