多くの人は、名誉や利益を追いかけることに夢中になり、
気づけば「この世は穢(けが)れている」「苦しみばかりだ」と嘆いてしまう。
だが、それは本当にこの世が「汚れている」からだろうか?
――雲は白く、山は青く、川は静かに流れ、岩はどっしりとそびえ立ち、
花は咲いて私たちを迎えてくれ、鳥は歌い、谷はこだまを返し、
山のきこりたちは楽しげに歌をうたっている。
この自然の光景が、どうして“苦”や“穢れ”であろうか。
それをそう感じてしまうのは、
「自らの心が名誉や利得にとらわれ、心を曇らせているから」に他ならない。
世界が苦しいのではない。
心がそれを“苦”と見ているだけなのだ。
原文とふりがな付き引用
世人(せじん)は栄利(えいり)の為(ため)に纏縛(てんばく)せられて、
動(やや)もすれば塵世(じんせ)苦海(くかい)と曰(い)う。
知(し)らず――雲(くも)白(しろ)く山(やま)青(あお)く、川(かわ)行(ゆ)き石(いし)立(た)ち、
花(はな)迎(むか)え鳥(とり)咲(さ)い、谷(たに)答(こた)え樵(きこり)謳(うた)うを。
世(よ)も亦(また)塵(ちり)ならず、海(うみ)も亦た苦(くる)しからず、
彼(かれ)自(みずか)ら其(そ)の心(こころ)を塵苦(じんく)にするのみ。
注釈
- 栄利(えいり):名誉や金銭などの世俗的な成功・利益。
- 纏縛(てんばく):束縛され、自由を失うこと。
- 塵世(じんせ):俗世間。よごれた世の中という意味合いで用いられる。
- 苦海(くかい):仏教的にいう苦しみの世界。迷いや煩悩に満ちた生存の海。
- 樵(きこり)謳(うた)う:自然の中で仕事をしながら楽しげに歌う様子。自然との調和の象徴。
パーマリンク案(英語スラッグ)
the-world-is-not-impure
→「この世は本来汚れていない」という核心を直接に表現しています。
その他候補:
- not-a-world-of-suffering(この世は苦の世界ではない)
- purity-is-in-your-heart(清らかさは心の中にある)
- beauty-beyond-attachment(執着を超えて見える美しさ)
この章は、「見る世界が変わるのではなく、見る心を変えることが大切だ」という、菜根譚の真髄に迫る一節です。
1. 原文
世人爲榮利纏縛、動曰塵世苦海。不知、雲白山靑、川行石立、花迎鳥笑、谷答樵謳。世亦不塵、海亦不苦、彼自塵苦其心爾。
2. 書き下し文
世人(せじん)は栄利(えいり)の為に纏縛(てんばく)せられて、動(やや)もすれば塵世苦海(じんせくかい)と曰(い)う。
知らず、雲(くも)白(しろ)く山(やま)青(あお)く、川(かわ)行(ゆ)き石(いし)立(た)ち、花(はな)迎(むか)え鳥(とり)笑(え)み、谷(たに)答(こた)えて樵(きこり)謳(うた)うを。
世(よ)も亦(また)塵(ちり)ならず、海(うみ)も亦た苦(く)ならず、彼(かれ)自(みずか)ら其(そ)の心(こころ)を塵苦(じんく)にするのみ。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「人はみな、名誉や利益に縛られている。そのため、少しでも苦しいことがあると“この世は俗世の苦海だ”と嘆く。」
- 「しかし、知らないのである──空には白い雲がたなびき、山は青々とし、川は流れ石は静かに立ち、花は咲き鳥は微笑み、谷はこだまし、木こりの歌が響いていることを。」
- 「この世界は本来、塵(けがれ)でもなければ、海のような苦しみでもない。彼らが自らの心を“塵”や“苦しみ”で覆っているだけなのである。」
4. 用語解説
- 栄利(えいり):名誉と利益。現代で言えば“地位とお金”。
- 纏縛(てんばく):しばりつけられること。自由を奪われた状態。
- 塵世(じんせ):俗世。けがれた世界とみなされる現実社会。
- 苦海(くかい):苦しみの世界。仏教的にいう「生死輪廻の海」。
- 花迎え鳥笑い:自然が微笑みかけてくる、春のやさしさの描写。
- 谷答え樵謳う:谷の反響が木こりの歌に呼応して返ってくる様子。自然と人の共鳴を表す。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
人はしばしば、地位やお金に縛られ、それにうまくいかないと「この世はなんとつらい場所だ」と嘆く。
だが、それは外界が悪いのではなく、自分の心が曇っているだけである。
空は白く、山は青く、川は流れ、花は咲き、鳥はさえずり、木こりは谷に歌いかけている。
つまり、この世界は本来清らかで穏やかだ。人は自分自身の心によってのみ、世界を“苦”と見なしているにすぎない。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「苦しみは環境ではなく心のありようから生じる」**という、心の主導性を説いています。
- 欲望や執着があるからこそ、現実が苦しく見える
- 視点を変えれば、日々の景色の中にも癒しと豊かさがある
- 世界を“塵苦”と見る者は、心に“塵苦”を持っている
仏教的には「心即世界」、道教的には「自然との一致」、儒教的には「省己して安んずる」という共通の価値がここにあります。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「仕事がつらい」のではなく、「執着が心を苦しめている」
- 昇進・評価・報酬への過度な期待が、他人や自分への攻撃性を生む
- 本質はタスクの量ではなく、“どう捉えるか”という心の姿勢
✅ マインドセットの転換が、日常を「苦」から「境地」に変える
- 花や鳥に目を向けるように、部下の笑顔、顧客の感謝に目を向ける
- 「自然を見る視点」を職場の中に持ち込むことで、穏やかな環境をつくる
✅ “世界は苦だ”という前提を脱しよう
- 被害者意識やネガティブな社風は、視点の矯正で緩和できる
- 「世界の見え方は、自分の心で決まる」ということをチームで共有するだけでも、雰囲気は変わる
8. ビジネス用の心得タイトル
「世界は苦にあらず──塵苦を生むのは、己の心」
この章句は、レジリエンス向上研修、マインドフルネス講座、感情マネジメントの導入部に最適です。
コメント