― 統率がなければ、兵は将のために命を賭けない
鄒(すう)の国が隣国の魯(ろ)と戦い、敗北した。
鄒の穆公は、その敗戦について孟子に意見を求めた。
「我が軍の将校(三十三人)が戦死したにもかかわらず、民出身の兵士たちは一人も命を落としていない。
つまり、兵卒たちは戦わずに逃げたのだ。
彼らを罰したいが、数が多すぎて全員を処刑するわけにはいかない。
かといって罰しなければ、上官の死を『いい気味だ』と見殺しにしたことを見逃すことになる。
どうすればよいか?」
この問いに対して、孟子はただ兵士を責めるのではなく、軍の内部にある断絶と不信、そして指導の在り方を問題視する。
将と兵が心を一つにしていない――
そこには信頼も共感もなく、命をかける理由がなかったのだ。
**「民が将を見殺しにした」のではなく、「将が民とともに戦う体制を築けなかった」**と捉えるべきである。
孟子のこの章は、単なる戦術論ではなく、組織の中での信頼と連帯の重要性を訴える一節である。
統率のある軍は、規律だけでなく、心の結びつきによって強くなる。
これは国家、企業、あらゆる集団の本質をつく教えといえる。
引用(ふりがな付き)
「鄒(すう)と魯(ろ)と鬨(たたか)う。穆公(ぼくこう)問(と)うて曰(い)わく、
吾(われ)が有司(ゆうし)死(し)する者(もの)三十三人。
而(しか)るに民(たみ)之(これ)に死(し)する莫(な)きなり。
之(これ)を誅(ちゅう)せんとせば、則(すなわ)ち勝(あ)げて誅(ちゅう)すべからず。
誅(ちゅう)せざらんとせば、則(すなわ)ち其(そ)の長上(ちょうじょう)の死(し)を疾視(しっし)して救(すく)わず。
之(これ)を如何(いか)にせば則(すなわ)ち可(か)ならん」
注釈
- 鄒(すう)…孟子の出身国。現在の山東省。
- 魯(ろ)…孔子の生国で、鄒の隣国。
- 有司(ゆうし)…役人や将校のこと。
- 勝げて誅す(あげてちゅうす)…全員を処刑する。
- 疾視(しっし)…憎しみや軽蔑の目で見て、見殺しにすること。
パーマリンク案(英語スラッグ)
- no-unity-no-victory(団結なき軍に勝利なし)
- leadership-through-trust(信頼こそ指導力)
- soldiers-fight-for-their-leader(兵は心ある将のために戦う)
この章は、孟子が兵士の責任を問うよりも先に、「組織の関係性」に深く切り込んだことに意味があります。
1. 原文
鄒與魯鬨、
穆公問曰:
吾司死者三十三人、而民莫之死也、
誅之則不可勝誅、不誅則疾視其長上之死而不救、
如之何則可也。
2. 書き下し文
鄒と魯と鬨(たたか)う。
穆公、問いて曰く:
吾が有司(ゆうし)、死する者三十三人。
而るに、民は之に死する莫(な)きなり。
之を誅せんとせば、則ち勝(あ)げて誅すべからず。
誅せざらんとせば、則ち其の長上の死を疾視して救わず。
之を如何にせば則ち可ならん。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 「鄒と魯が争った。」
- 「穆公が孟子に尋ねた。」
- 「私の部下である官吏が三十三人戦死した。」
- 「しかし、民は誰一人として彼らのために命を捧げようとはしなかった。」
- 「彼ら(民)を罰したいが、あまりにも多く、皆を罰することはできない。」
- 「しかし罰さなければ、上司が殺されても平然と見ているという無責任を見逃すことになる。」
- 「どうすればよいのか?」
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
鄒・魯 | いずれも春秋戦国時代の小国。孟子や孔子の出身地でもある。 |
穆公(ぼくこう) | 斉の王族の一人とされる人物。孟子に助言を求めた。 |
有司(ゆうし) | 官吏や役人、国家の命令を実行する実務者たち。 |
勝(あ)げて誅すべからず | あまりにも多すぎて罰しきれない、という意味。 |
疾視(しっし) | 冷たく見放すこと。苦しんでいるのを見ても助けない態度。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
鄒と魯の戦争で、斉の官吏が三十三人も殺されたが、民は誰一人として彼らを助けようとはしなかった。
穆公は、「全員を罰するには数が多すぎる。しかし罰しなければ、上の者が死ぬのを平然と見ているという風潮を放置することになる。どうすべきか」と孟子に問いかけた。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、次の2つの葛藤を描いています:
- 規律の維持 vs. 過度な処罰の回避
→ 無関心や怠慢は国家や組織を腐らせるが、一律に罰しては人心を失う。 - 責任ある行動 vs. 組織の現実的限界
→ 民が正しい行動をとらなかった原因は、単なる怠惰ではなく、教育や制度設計の問題にもある。
孟子はこのあと「民に仁を示すことで共感と道義心を育てよ」と説いていくが、この冒頭の問題提起だけでも、現代の企業や国家運営における非常に深い課題を突いています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「見て見ぬふり」は文化を壊す
チーム内でトラブルが起きたとき、誰も助けない、何もしないという姿勢は、職場全体のモラルと信頼を破壊する。
✅ 「共助」を促す仕組みが必要
協力し合う文化は自然には育たない。日常的に“共に支える”制度や評価があってこそ、人は動く。
✅ 「責任感」を育てる教育と権限
誰かを守る、助けるという行為には、それ相応の知識・判断力・裁量が必要である。育成なき責任要求は機能しない。
✅ 「全員を罰せず、だが放置もしない」
責任を取らせると同時に、構造的な原因の是正に取り組むことで、組織は健全化される。
8. ビジネス用の心得タイトル
「無関心もまた罪──助け合わぬ組織に、未来はない」
この章は、「責任」「共助」「正義の実行可能性」を考えるための極めて優れたテキストです。
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