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「二人の天子」はありえない――天下安んじるための秩序と理

ある「古語」によれば、舜が南面して君主となったとき、父の瞽瞍(こそう)も帝堯(ていぎょう)も舜に臣下の礼をとったという。
そして孔子さえもそれを「天下の危機」と評したとされる。
だが孟子はこの話をきっぱりと否定する。
それは君子の言葉ではなく、「斉東野人」――つまり道理をわきまえぬ田舎者のたわごとであるとし、舜は堯が亡くなるまで摂政にすぎず、正式な天子にはなっていなかったと説く。
仁と礼の秩序を守ることが、君主たる者の責任であると孟子は強調している。


原文と読み下し

咸丘蒙(かんきゅうもう)問(と)うて曰(いわ)く、語(ご)に云(い)う、「盛徳(せいとく)の士(し)は、君(きみ)も得て臣(しん)とせず。父(ちち)も得て子(し)とせず。舜(しゅん)南面(なんめん)して立(た)つや、堯(ぎょう)諸侯(しょこう)を帥(ひき)いて、北面(ほくめん)して之(これ)に朝(ちょう)す。瞽瞍(こそう)も亦(また)北面して之に朝す。舜、瞽瞍を見て、其の容(かたち)蹙(ちぢ)める有り。孔子(こうし)曰(いわ)く、斯(こ)の時(とき)に於(お)いてや、天下(てんか)殆(あや)うし。岌岌乎(きゅうきゅうこ)たり」と。
識(し)らず、此の語(ことば)誠(まこと)に然(しか)るか。

孟子(もうし)曰く、否(いな)。此れ君子(くんし)の言(げん)に非(あら)ず、斉東野人(せいとうやじん)の語(ご)なり。堯老(お)いて舜摂(せっ)するなり。
『堯典(ぎょうてん)』に曰(いわ)く、「二十有八載(にじゅうゆうはちさい)、放勲(ほうくん)乃(すなわ)ち徂落(そらく)す。百姓(ひゃくせい)考妣(こうひ)を喪(ほう)するが如(ごと)し。三年、四海(しかい)八音(はちおん)を遏密(あつみつ)す」と。
孔子曰く、「天(てん)に二日(にじつ)無く、民(たみ)に二王(におう)無し」と。


解釈と要点

  • 舜が南面し、父や堯が北面したというのは事実ではなく、儒家の礼に反する作り話である。
  • 舜は堯の摂政として政務を行ったが、堯が崩御するまでは天子ではなかった
  • 『書経』の「堯典」では、舜の即位は堯の死後であると記されており、「二人の天子」は存在しなかったことが明記されている。
  • 孔子の言葉「天に二日なく、民に二王なし」は、政治における唯一性と秩序の重要性を示している。
  • 仁を重んじながらも、礼と政治的秩序を守るのが、真の君子のあり方だというのが孟子の立場である。

注釈

  • 南面(なんめん):君主の座に就くこと。
  • 北面(ほくめん):臣下として礼をとる姿勢。
  • 斉東野人(せいとうやじん):道理をわきまえない田舎者。孟子が誤説や俗説を非難する時に使う言葉。
  • 徂落(そらく):死ぬこと。霊魂が天に昇り、魄が地に落ちる意から。
  • 八音(はちおん):音楽を構成する八種類の楽器の総称。
  • 遏密(あつみつ)す:やめる、沈黙するの意。

パーマリンク(英語スラッグ)

no-two-kings-under-heaven
→ 「天下に二人の王なし」という儒教の核心的思想を直接表現したスラッグです。

その他の案:

  • false-words-of-the-wild(田舎者の誤った言葉)
  • order-before-sentiment(情より秩序を)
  • succession-with-virtue-and-law(徳と礼に基づく継承)

この章では、孟子が礼と秩序の尊重を強調することで、真の仁政とは何かを再確認させています。

1. 原文

コピーする編集する咸丘蒙問曰、語云、盛德之士、君不得而臣、父不得而子。
舜南面而立、堯帥諸侯、北面而朝之、瞽瞍亦北面而朝之。
舜、見瞽瞍、其容蹙。
孔子曰、於斯時也、天下殆哉、岌岌乎、不識、此語誠然乎哉。

孟子曰、否、此非君子之言、齊東野人之語也。
堯老而舜攝也。
堯典曰、二十八載、放勳乃徂落、百姓如喪考妣、三年、四海遏密八音。
孔子曰、天無二日、民無二王。
舜既為天子矣、又帥天下諸侯、以為堯三年喪、是二天子矣。

2. 書き下し文

コピーする編集する咸丘蒙(かんきゅうもう)問(と)うて曰(いわ)く、
語(ことば)に云(い)う、「盛徳(せいとく)の士は、君も得(う)て臣(しん)とせず。父も得て子(し)とせず」と。
舜(しゅん)南面(なんめん)して立(た)つや、堯(ぎょう)諸侯を帥(ひき)いて、北面(ほくめん)してこれに朝(ちょう)す。
瞽瞍(こそう)も亦(また)北面してこれに朝す。
舜、瞽瞍を見て、其(そ)の容(よう)蹙(しゅく)める有(あ)り。

孔子曰く、「斯(こ)の時に於(お)いてや、天下殆(あや)うし。岌岌乎(きゅうきゅうこ)たり」と。
識(し)らず、此(こ)の語(ご)誠(まこと)に然(しか)るか。

孟子曰く、否(いな)。此れ君子の言(げん)に非(あら)ず。斉東野人(せいとうやじん)の語なり。

堯老(お)いて舜摂(せっ)す。
『堯典(ぎょうてん)』に曰(いわ)く、「二十有八載(にじゅうゆうはちさい)、放勳(ほうくん)乃(すなわ)ち徂落(そらく)す。
百姓(ひゃくせい)考妣(こうひ)を喪(うしな)うが如(ごと)し。
三年、四海八音(はちおん)を遏密(あつみつ)す」と。

孔子曰く、「天に二日無(な)く、民に二王無し」と。
舜既(すで)に天子たり。又(また)天下の諸侯を帥(ひき)いて、以(もっ)て堯の三年の喪(も)を為(な)さば、是(これ)二天子なり。

3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 「盛徳の人は、君とされても臣とならず、父とされても子とならないという言葉があります。」
     → 優れた徳を持つ人は、誰かに仕えることを拒む独立的な存在とされる。
  • 「舜が南面して(王位につき)、堯が諸侯を率いて北面して(臣下の礼をとり)朝見した。また、父の瞽瞍も北面して舜に朝見した。」
     → 父や旧君までもが舜に臣下として接したとされる。
  • 「舜が瞽瞍と会ったとき、顔がこわばっていたという。」
     → 舜は父に対して気まずさや複雑な感情を抱いたとされる。
  • 「孔子は言った、『この時の天下は危うかった。非常に不安定だった』と。」
     → 道義や上下関係が逆転した危機と見なされた。
  • 「この話は本当なのでしょうか?」
     → 咸丘蒙が孟子に真偽を問う。
  • 「いいえ、それは君子の言葉ではありません。俗説であり、斉の東方の田舎者の噂話です。」
     → 孟子はこの話を否定し、信用しないよう戒める。
  • 「堯は老いたため、舜が摂政として政務を執った。」
     → 舜が天子になったのは、堯の死亡後であり、正式な交代だった。
  • 「『堯典』には、堯が28年の後に死に、民は親を亡くしたかのように悲しんだとある。」
     → 正統な弔いと世代交代があった。
  • 「三年、四海では音楽も停止した。」
     → 喪に服するため全国的に音楽や娯楽が禁じられた。
  • 「孔子も言った、『天に太陽は2つなく、民に王は2人いない』と。」
     → 政治の統治権は一つであるべきという原則を説いた。
  • 「舜がすでに天子であるのに、諸侯を率いて堯の喪を主導すれば、それは“2人の王”が存在することになる。」
     → 孟子は、このような“二重権威”は許されないと断じている。

4. 用語解説

  • 南面(なんめん):天子の座する方向。南を向いて政治を行うのが王の位の象徴。
  • 北面(ほくめん):臣下が天子に向かう姿勢。臣従の礼。
  • 容蹙む(ようしゅくむ):顔を曇らせる、こわばる。
  • 岌岌乎(きゅうきゅうこ):不安定で危機的なさま。
  • 斉東野人:斉の国の東部の田舎者。無学で俗説を信じる人々の意。
  • 堯典(ぎょうてん):『書経』に収められた堯の事績を記録した文献。
  • 遏密八音(あつみつはちおん):音楽(八音)をすべて止めて、哀悼の意を表すこと。
  • 喪考妣(そうこうひ):父母を亡くすこと。最大級の悲しみのたとえ。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

咸丘蒙が孟子に尋ねた。

「徳のある者は君にも父にも従わないという言葉があります。
舜が王となり、堯や父の瞽瞍までも臣下の礼をとったとされます。
孔子は『このような時代、天下は危うく不安定であった』と評したと聞きますが、本当でしょうか?」

孟子はそれを否定した。

「それは君子の言葉ではなく、田舎の俗説にすぎない。
堯は老いたために舜が政務を代行し、堯の死後に正式に王位を継いだ。『堯典』にも明記されている。

民は堯の死をまるで親を亡くしたかのように悲しみ、三年間喪に服した。
すでに舜が王となった後に喪を行うのは“二王が並立する”ことになってしまい、それは不適切である。
孔子も『天に2つの太陽なく、民に2人の王なし』と説いている。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、「政権移譲の正統性」と「上下関係の秩序」、「親子・主従関係と政治的役割の峻別」を主題としています。

孟子は、舜が堯から王位を正当に禅譲されたことを強調し、舜の権威が不安定ではなかったことを明確にしています。
一方で、“感情”に基づく誤解や噂話が政治的正当性を揺るがしかねないことを警戒しており、これは現代のリーダーにとっても重要な示唆です。


7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)

  • 「役割と関係性は別に考える」
     親であっても、上司であっても、立場が交代すれば役割も変わる。リーダーシップは、感情に基づく序列ではなく、明確な権限と責任によって成立する。
  • 「後継者を立てるときは、正統性の透明化が必要」
     政権や経営のバトンタッチにおいて、“誰が、どのように、どの時点で”という手順が不透明だと、周囲に不信感を与える。堯から舜へのように、記録に残る形で行われることが理想。
  • 「俗説や誤解に惑わされないリーダーシップ」
     表面だけを見た批判や、感情論による疑義に対しては、事実と原理原則をもって毅然と対応することが求められる。

8. ビジネス用の心得タイトル

「継承の要は“正統と秩序”──役割に徹し、情に惑わされぬ判断を」


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