国を治める意志なき者には、仁は尽くせない
孔子が魯の国で政治に参画すると、国は大いに治まり始めた。
その変化を警戒した隣国・斉は、策略として美人八十人による楽団(女楽)を魯に送り込む。
これを受け取った大夫・季桓子(きかんし)は、定公(ていこう)と共にその美人たちに溺れ、三日間も朝廷に出仕せず、政治を顧みなかった。
孔子はそれを見て深く失望し、何も言わずに職を辞して魯の国を去った。
真の政治とは、民のため、国のために尽くすものであり、それを放棄して享楽にふける者に、仁の道をともに歩む資格はない。
孔子の行動は、主君の姿勢を冷静に見極め、信念を曲げずに立ち去る勇気を示している。
「斉(せい)人(ひと)、女楽(じょがく)を帰(おく)る。季桓子(きかんし)之(これ)を受(う)け、三日(みっか)朝(ちょう)せず。孔子(こうし)行(さ)る。」
政治の志を失った国には、仁の種も根づかない。
語句注釈
- 斉人、女楽を帰る:「帰る」は「送り返す・献上する」の意。斉が策略として、女楽(美人の楽団)を魯に贈ったことを表す。
- 女楽(じょがく):若く美しい女性たちによる音楽・舞踊団。政を乱すための誘惑の手段。
- 三日朝せず:三日間、公務(朝廷への出仕)を怠る。統治者としての自覚の欠如を示す。
- 孔子行る:孔子が失望し、黙って国を去ること。言葉よりも行動で示す道義。
パーマリンク(スラッグ)案
no-service-without-integrity
(誠のない政には仕えない)virtue-above-pleasure
(快楽より徳)walk-away-from-corruption
(乱れた政からは去る)
この一節は、孔子が自らの価値観と政治理念に対して誠実であったことを端的に示すエピソードです。
1. 原文
齊人歸女樂、季桓子受之、三日不朝、孔子行。
2. 書き下し文
斉人(せいひと)、女楽(じょがく)を帰(おく)る。季桓子(きかんし)之(これ)を受(う)け、三日(みっか)朝(ちょう)せず。孔子(こうし)行(さ)る。
3. 現代語訳(逐語・一文ずつ)
- 「斉人、女楽を帰る」
→ 斉の国の人々が、女の楽隊(女楽)を贈った。 - 「季桓子之を受け」
→ 季桓子はそれを受け取った。 - 「三日朝せず」
→ そして三日間、朝廷に姿を見せなかった(政務を怠った)。 - 「孔子行る」
→ 孔子はその様子を見て、立ち去った(その国を去った)。
4. 用語解説
- 斉人(せいひと):斉の国の人々。魯の隣国で、外交上のやりとりが頻繁だった。
- 女楽(じょがく):女性の楽隊。音楽・舞踏などをもって慰め楽しませる存在。現代的には「接待的娯楽」に近い。
- 季桓子(きかんし):魯国の権臣。実権を握る大夫で、孔子の主君的立場にあった。
- 朝せず(ちょうせず):政務に出仕しない、朝廷に出仕しない。怠慢の意。
- 孔子行る(こうしさる):孔子が国を去る、または職を辞する。抗議の意思を含む行動。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
斉の人々が女楽(女性の楽団)を季桓子に贈った。
季桓子はそれを受け取り、三日間も政務に出ず楽しみに耽った。
孔子はその姿勢を見て、静かに立ち去った。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、為政者の私欲や怠惰を批判し、公務への誠実な姿勢を重んじる孔子の姿勢を明確に示しています。
- 季桓子は権力者としての職責を忘れ、娯楽に溺れた。
- 孔子はそれに対して黙って去ることで、「忠告よりも行動で示す」抗議を行った。
これは**「道を説くだけでなく、行動で示す」**という、孔子の倫理観の象徴的な場面です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「上に立つ者の私的享楽と、公務放棄への無言の抗議」
- “役職”と“責任”の重みを忘れたリーダーへの警鐘
→ 季桓子のように「贈り物や接待」に溺れて公務を怠るリーダーは、組織を危うくする。 - 信念ある人材は、“黙って去る”ことで意思を示す
→ 忠告よりも、「去る」という選択で価値観の不一致を示す。これが孔子の「行動の倫理」。 - 贈答文化・接待・娯楽の功罪
→ 企業風土においても、「過剰な接待」「地位利用の私物化」が公私混同を招き、信頼失墜につながる。
組織へのメッセージ
- リーダーは「公務を優先し、節度を持つ」べきである。
- 周囲の優秀な人材は、「誠実さ」を欠く上司から静かに去っていく。
- “信頼”は、待遇よりも「姿勢」で生まれる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「黙して去る──信念ある者は、私欲を見抜き、背を向ける」
この章句は、現代の組織でも通じる“リーダーの節度”と“行動による信念表明”の大切さを、簡潔に示しています。
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