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自らを守るために、民を犠牲にしてはならない

― 君子は民を「手段」にせず、「共にある」ことを選ぶ

文公が孟子に訴えた。
「我が国は小国であり、力を尽くして大国に仕えても、圧迫や侵略を免れられません。どうしたらよいでしょうか?」

孟子は、かつて周の大王(文王の祖父)が体験した歴史を語る。
大王が邠(ひん)という地にいたとき、野蛮な狄(てき)が侵略してきた。
彼は皮や絹、犬馬、さらには珠玉まで贈って仕えようとしたが、いずれも侵略は止まらなかった。

そこで大王は、耆老(長老)たちを集めて語った。

「狄が本当に欲しているのは、この土地である。
だが、君子は人を養う手段によって人を害してはならないと私は聞いている。
この土地は民の生活の基盤だ。
それを守るために、彼らを犠牲にして自分だけが残るなどということは、仁に背く。
君がいなくても、民は生きていける。
ゆえに私は去ろう」

そして大王は邠を離れ、梁山を越えて岐山の麓に新たな邑(むら)を築いた。
そのとき、邠の民は「大王は本当に仁の人である。失ってはならない」と口々に言い、
まるで市場に行くかのように自然に、大王についていったという。

孟子はここで、もう一つの選択肢も示す:

「これは祖先代々守ってきた土地だ。
私個人の判断で放棄などできぬ。
よって、死を賭しても守り抜くべきだ」

この二つ――
「仁を貫き、民を第一にして去る」か、
「先祖の志を継ぎ、民とともに死守する」か。

どちらにも命がけの覚悟が求められる。
そして孟子は、「王よ、どちらかを選んでください」と結んだ。


引用(ふりがな付き)

「文公(ぶんこう)問(と)うて曰(い)く、
我(わ)が国(くに)は小国(しょうこく)なり。
力(ちから)を竭(つ)くして以(もっ)て大国(たいこく)に事(つか)うるも、
則(すなわ)ち免(まぬか)るるを得(え)ず。
之(これ)を如何(いかん)にせば則ち可(か)ならん。

孟子(もうし)対(こた)えて曰(い)く、
昔者(むかし)大王(たいおう)邠(ひん)に居(お)る。狄人(てきじん)之(これ)を侵(おか)す。
之に事(つか)うるに皮弊(ひへい)を以(もっ)てすれども、免るるを得ず。
犬馬(けんば)を以てすれども、免れず。珠玉(しゅぎょく)を以てすれども、免れず。

乃(すなわ)ち其(そ)の耆老(きろう)を属(あつ)めて告(つ)げて曰(い)く、
狄人の欲(ほっ)する所は吾(わ)が土地(とち)なり。
吾れ之(これ)を聞(き)く、君子(くんし)は其(そ)の人(ひと)を養(やしな)う所以(ゆえん)の者(もの)を以(もっ)て人を害(そこ)なわず、と。
二三子(にさんし)、何(なん)ぞ君(きみ)無(な)きを患(うれ)えん。
我(われ)将(まさ)に之(これ)を去(さ)らんとす。

邠を去(さ)り、梁山(りょうざん)を踰(こ)えて、岐山(きざん)の下(もと)に邑(むら)して居(お)る。
邠人曰(い)わく、仁人(じんじん)なり。失(うしな)うべからず、と。
従(したが)う者(もの)市(いち)に帰(かえ)くが如(ごと)し。

或(ある)いは曰(い)わく、世々(よよ)の守(まも)りなり。
身(み)の能(よ)く為(な)す所(ところ)に非(あら)ざるなり。
死(し)を効(つく)すも去(さ)ること勿(なか)れ、と。

君(きみ)請(こ)う斯(こ)の二者(ふたつ)に択(えら)べ」


注釈

  • 皮弊(ひへい)…美しい獣の皮や絹織物などの贈り物。
  • 珠玉(しゅぎょく)…貴重な宝石類。
  • 耆老(きろう)…高齢の民、長老たち。民の代表的存在。
  • 二三子(にさんし)…「そなたたちよ」と親しみある呼びかけ。
  • 邑(ゆう)して居る…新たな集落を築いて住むこと。
  • 君請う斯の二者に択べ…君主よ、いずれかを選びなさい。

パーマリンク案(英語スラッグ)

  • no-sacrifice-of-the-people(民を犠牲にするな)
  • righteous-rule-or-rightful-resistance(仁義か、死守か)
  • lead-by-sacrifice-or-stand-by-duty(去るか、戦うか)

この章は、統治者の覚悟と、民の命をどう扱うかという倫理的核心に迫る名篇です。

1. 原文

文公問曰、小國也、竭力以事大國、則不得免焉、如之何則可。
孟子對曰、昔者大王居邠、狄人侵之、事之以皮幣、不得免焉、事之以犬馬、不得免焉、事之以珠玉、不得免焉。
乃屬其耆老而告之曰、狄人之所欲者、吾土地也。
吾聞之也、君子不以其所以養人者害人。二三子、何患乎無君。我將去之。

去邠、踰梁山、邑于岐山之下居焉。
邠人曰、仁人也、不可失也、從之者如歸市。
或曰、世守也、非身之所能為也、效死勿去。
君擇於斯二者。


2. 書き下し文

文公、問いて曰く、
「我が国は小国なり。力を尽くして大国に仕えても、なお免れ得ず。これを如何にせばよいか。」

孟子、対えて曰く、
「昔、大王は邠に住んでいたが、狄人がこれを侵した。
皮幣を以って事えても免れず、犬馬を以って事えても免れず、珠玉を以って事えても免れなかった。

そこで耆老に語って曰く、
『狄人の欲するは我が土地なり。
私は聞いている。君子は人を養うもので人を害することはしない。

そなたたちよ、君がいないことを恐れるな。私はこの地を去ろうと思う。』

邠を去って梁山を越え、岐山のふもとに城邑をつくって住んだ。

邠人たちは言った。
『この人は仁人なり。失ってはならぬ。』と。
それに従う者は市に帰るかのような勢いであった。

ある者は言った。
『この地は世々の守りであって、個人の判断でどうにかできるものではない。命を懸けて守るべきだ。』

君に申し上げる。
この二つのうち、どちらを選ぶかは君次第である。」


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ)

  • 文公:「我が国は小国である。精いっぱい大国に仕えても、結局滅ぼされてしまいそうだ。どうすればよいか?」
  • 孟子:「昔、周の始祖である大王が邠にいたとき、狄人が攻めてきた。
    皮製の貢ぎ物を送っても赦されず、犬馬を贈っても赦されず、宝石を差し出してもダメだった。

そこで大王は年寄りたちに言った。
『狄人の狙いは土地だ。
私はこう聞いている――“君子は人を養うもので人を害してはならぬ”と。
諸君よ、君(指導者)がいないことなど、何を恐れることがあろうか。私はこの地を去るつもりだ。』

こうして邠を去り、梁山を越えて、岐山のふもとに新たな住処を築いた。
人々は『あの方は仁の人だ、決して失ってはならぬ』と言ってついていった。

ある者は言った。
『この地は代々の土地だ。個人の判断で動いてはならぬ。命を懸けてでも守るべきだ』と。

さあ、あなた(文公)はこの二つの道から、どちらを選ぶか決めるのです。」


4. 用語解説

用語解説
竭力(けつりょく)力を尽くすこと。
皮幣(ひへい)皮製の貢ぎ物。儀礼的な贈り物。
犬馬・珠玉犬馬は役に立つ動物、珠玉は高価な財宝。
耆老(きろう)年長者、村の長老。
君子不以其所以養人者害人君子は人を養う(育てる)もので人を害さない。土地など人を生かす手段で害してはならぬという儒家の基本精神。
邑(ゆう)す城を築いて住まう。
帰市(きし)市に帰るような活気、つまり多くの人が自発的についていった様子。
世守(せいしゅ)代々受け継いで守ってきた土地。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

文公が「大国に仕えても救われない、どうすればいいか」と尋ねたところ、
孟子は、古公亶父(周の始祖)が侵略に遭ったときの逸話を引用します。

どれほど財物を献上しても侵略者は満足せず、最終的に古公は土地を捨て、人を守る道を選んだ。
結果として多くの民が彼を「仁人」として慕い、ついて行ったという。

孟子はこの話をもって、「土地を守るか、民を守るか」という価値判断を迫ります。


6. 解釈と現代的意義

✅ 人を養うものをもって、人を害してはならない

国土や経済力は本来、民を豊かにするためのもの。
それが逆に、民を苦しめ、敵に差し出しても滅ぼされるというのでは本末転倒です。

✅ 「仁」を選ぶリーダーシップ

孟子は、個人の保身でも国家の面子でもなく、民の幸福を第一とする選択こそが指導者のあるべき姿だと説いています。

✅ 選択の自由と責任

最終的にどうすべきかは為政者(=リーダー)の判断に委ねられる。しかし、
「民が慕う仁の人になる」か、「伝統や面子に囚われて滅ぶ」か──その選択は問われる。


7. ビジネスにおける解釈と適用

💡 利益か、信頼か──苦境で問われる企業の価値観

「土地を差し出してでも助かろう」という対応は、今日のビジネスで言えば利益のために社員や顧客を犠牲にする経営
孟子は、「人を養うもの(=企業の資源)をもって人を害してはならない」と断言します。

💡 退くべきときは退く、ただし仁を貫いて

退却や撤退は必ずしも敗北ではない。人を守るための戦略的撤退は、時として「仁の決断」であり、それが次の信頼へとつながる。

💡 リーダーは“選ぶ”立場にある

追従する部下・社員がいても、それをどう導くかはリーダー次第。
「人を守る道」を選ぶリーダーシップは、未来の組織文化を形成する礎となります。


8. ビジネス用の心得タイトル

「土地を捨てて人を守れ──資源より信頼が国(組織)を支える」


この章句は、小国という弱者の立場から、「何を優先すべきか」「何を捨てるべきか」を問うており、
現代のビジネス・経営判断にも通ずる根本的なテーマを提示しています。

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