――奢りに流れぬよう、太子には民の現実を教えよ
太宗は、太子の補佐役である于志寧(うしねい)と杜正倫に語った。
「太子は宮中で育ち、民の苦しみを知らぬ。ゆえに、お前たちは太子に民の利害を教え、正しく導いてほしい」と。
自らは十八歳まで民間で暮らした経験から、民の困窮を熟知していたが、皇帝となった今は時に民情に疎くなることもあり、諫言によって初めて気づくこともあったという。
もし忠臣の諫言がなければ、善政など行えるはずもない――と太宗は自戒を込めて語る。
太子はなおさらである。
民の姿に触れたこともなく、帝王の威を借りて驕ることがあってはならない。
そのためにも、補佐役は太子が誤った言動をした時には、遠慮せずに厳しく諫めよと命じたのであった。
引用とふりがな(代表)
「太子(たいし)は深宮(しんきゅう)に生長(せいちょう)し、百姓(ひゃくせい)の艱難(かんなん)、都(すべ)て聞見(ぶんけん)せず」
――太子には、民の苦しみが見えていない
「毎(つね)に見るに、非(あら)ざる事あらば、宜(よろ)しく極言(きょくげん)切諫(せっかん)し、令(し)いて裨益(ひえき)あらしむべし」
――誤りを見つけたら、遠慮なく強く諫めよ
注釈(簡略)
- 于志寧(うしねい)・杜正倫(とせいりん):いずれも唐初の名臣で、太子の教育係を務めた。
- 太子左庶子(たいしさしょし):皇太子に仕える官職の一つ。補佐と教育の責任を担う。
- 克己(こっき):自らを律すること。太宗の自戒の精神を表す。
- 極言切諫(きょくげんせっかん):遠慮なく、強く諫めること。
パーマリンク案(英語スラッグ)
no-rule-without-knowing-people
(民を知らずして治めるな)guide-the-heir-with-truth
(太子には真実を)correct-the-prince-when-wrong
(太子の誤りは正せ)
この章は、補佐役の使命とは「耳ざわりのよい助言」ではなく、「たとえ痛くとも太子の成長に資する忠言」であることを明示しています。
ありがとうございます。以下にご提示の『貞観政要』巻一「貞観七年 太宗の太子への教戒」からの章句について、逐語訳・用語解説・現代語訳・解釈・ビジネス応用の形式で整理いたします。
『貞観政要』巻一「貞観七年 太宗の太子への教戒」より
原文
貞観七年、太宗謂太子左庶子于志寧・杜正倫曰、
「卿等輔佐太子、常須爲百姓間利便之事。太子年十八、曾在民間、百姓艱難、無不諳練。及居帝位、每商量處置、或時有乖疏、得人諫諍、方始覺悟。若無忠諫者輔佐、何由行得好事。況太子生長深宮、百姓艱難、都不聞見。且人主安危所繫、不可輒爲驕縱。若但出敕云、有諫者卽斬、則必致天下士庶無敢更發直言。故克己勵志、容納諫諍、卿等常須以此意共其談論。每見有不是之事、宜極言切諫、使有裨益也。」
書き下し文
貞観七年、太宗、太子左庶子の于志寧・杜正倫に謂(い)いて曰(いわ)く、
「卿等(けいら)、太子を輔佐(ほさ)するに、常に須(すべか)らく百姓(ひゃくせい)の間(かん)に利便(りべん)ある事を為(な)すべし。太子、年十八にして、かつて民間に在りしときは、百姓の艱難(かんなん)、諳練(あんれん)せざるなし。帝位に居するに及び、商量(しょうりょう)し処置する毎(ごと)に、或いは時に乖疏(かいそ)有り、人の諫諍(かんじょう)を得て、方(はじ)めて覚悟す。もし忠諫(ちゅうかん)する者の輔(たす)くる無くんば、何に由(よ)りて好事(こうじ)を行うを得んや。況(いわ)んや太子は深宮に生長し、百姓の艱難、都(すべ)て聞見(ぶんけん)せざるなり。かつ人主の安危は是に繋(かか)る。驕縱(きょうしょう)を輒(たやす)くするべからず。ただ敕(ちょく)を出して云(いわ)く、『諫する者有らば即ち斬(き)る』といえば、必ず天下の士庶(ししょ)、更に直言(ちょくげん)を発することを敢えてせざるなり。故に己(おのれ)を克(こく)し志を勵(はげ)まし、諫諍を容納(ようのう)すべし。卿等、常に須らくこの意を以て共に談論(だんろん)すべし。毎(つね)に不是(ひぜ)なる事を見ば、宜(よろ)しく極言切諫(きょくげんせっかん)し、裨益(ひえき)せしむるべし」と。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 太宗は、太子の側近である于志寧・杜正倫にこう言った。
- 「君たちは太子を補佐するにあたり、常に民衆の利益になることを第一とすべきである。
- 太子は18歳のころ、いちど民間に身を置いた経験があり、庶民の苦しさをよく知っている。
- しかし、帝位に就いた今では、処理や判断の場で誤りや偏りが起こることもある。そのとき、忠実に諫める者があって初めて自らの誤りに気づくのだ。
- もしも忠誠を尽くす諫言者がいなければ、どうやって良い政治が行えるだろうか。
- ましてや太子は深宮の中で育ち、民の苦しみを見聞きすることがない。
- 君主の安否はこうした点にかかっているので、驕りや放縦はあってはならない。
- ただ命令で『諫める者があれば即刻処刑する』などと言えば、誰も直言を口にできなくなる。
- だからこそ、自らを律し、志を高く保ち、進言を受け入れる姿勢が必要なのだ。
- 君たちはこの趣旨をよく理解し、太子と常にこの点を語り合うようにせよ。
- 不正や誤りを見つけたときは、遠慮せずに真剣に諫めよ。それが必ずや太子の助けとなる。」
用語解説
- 太宗:唐の第二代皇帝・李世民。
- 太子左庶子:東宮(太子府)の補佐官。太子の教育や政務を助ける重要な役職。
- 百姓:広く一般庶民を指す。
- 艱難:困難・苦しみ・生活の厳しさ。
- 諫諍:上位者に誤りを正直に伝えて諫めること。
- 乖疏:偏りや誤りのこと。
- 驕縱:おごりたかぶり、好き放題にふるまうこと。
- 士庶:知識階級から庶民までの人々。
- 克己勵志:自分を律し、志を強く持つこと。
- 極言切諫:遠慮せずに正面から強く意見すること。
- 裨益:助けとなり、利益をもたらすこと。
全体の現代語訳(まとめ)
太宗は太子の側近に、太子を補佐する際は常に民の利益を考え、誤りがあれば遠慮せず正しく諫めよと命じた。人君が誤るのは仕方ないが、それを正す忠臣がいなければ良政は実現しない。特に深宮で育った太子には庶民の苦しみを知る機会がないのだから、進言を恐れず許容する姿勢が必要だと説いている。
解釈と現代的意義
この章は、「諫言を受け入れる度量」と「部下による進言の重要性」を説いています。トップリーダーでも誤ることはある。しかし、それを正してくれる忠臣がいて初めて、良き政治・良き組織が築かれる。リーダーが「耳の痛い意見」を拒否するようになれば、周囲は沈黙し、組織は腐敗する。これは現代の組織論にも強く通じる教えです。
ビジネスにおける解釈と適用
- 「忖度より進言を重んじる組織文化を」
経営層が“怖くて意見できない存在”になると、現場の真実が伝わらず、意思決定を誤る。 - 「トップが耳を傾けることで現場の質が変わる」
若手や現場担当者の“正直な声”が受け止められる組織は健全で、柔軟かつ強い。 - 「教育係は“忠言の役”を担うべし」
上司やメンターがイエスマンになるのではなく、時に厳しく本質を突く助言ができる体制が必要。 - 「言いにくいことこそ、組織を強くする」
問題の先送りは腐敗の始まり。率直な進言が組織の品質を保つ鍵である。
ビジネス用心得タイトル
「忠言こそ組織を救う──“恐れず言う力”がトップを育てる」
ご希望があれば、この章句に基づくリーダー育成研修や、組織風土を改善するための諫言文化醸成プログラムのご提案も可能です。
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