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戦の勝利ではなく、仁政こそが真の支配の鍵

― 民を救う旗印で入って、民を傷つけてはならない

孟子は、斉の宣王に再び強く訴える。
燕の国を攻めた斉の軍は勝利し、燕の民は暴政からの救済を期待して、食べ物や飲み物を持って王の軍を歓迎した。
彼らは、王が自分たちを「水火の苦しみ」から救ってくれると信じていた。

しかし、もしその軍が――

  • 燕の父や兄を殺し
  • 子どもや若者を縛り
  • 祖先を祀る宗廟を壊し
  • 宝物を略奪して持ち帰る

そんなことをすれば、それはただの侵略と略奪にすぎない
「正義の軍(王師)」として迎えられたはずの軍が、逆に民を裏切る行為をしてはならない。

天下の国々はもともと、斉の強大さを恐れている。
そのうえ領土を倍にしながら仁政を行わず、ただ欲で動くようであれば、各国が一斉に連合し、斉を討とうとするのは当然の成り行きである。

だから孟子は、王にこう進言する:

  • 捕らえた燕の**老人や子ども(旄倪)**は、すぐに返してやること
  • **奪った宝物(重器)**を返還し、略奪を止めること
  • 燕の人々とよく相談し、彼らの意思に沿った君主を立てること
  • そして軍を速やかに引き上げること

そうすれば、まだ諸侯の連合を抑えることができる。
仁政を伴わない支配は、必ず憎悪と戦火を呼び込む――それが孟子の王道政治の本質である。


引用(ふりがな付き)

「今(いま)、燕(えん)其(そ)の民(たみ)を虐(しいた)ぐ。王(おう)往(ゆ)きて之(これ)を征(せい)す。
民(たみ)以(もっ)て将(まさ)に己(おのれ)を水火(すいか)の中(うち)より拯(すく)わんとすと為(な)す。
簞食壺漿(たんしこしょう)して、以(もっ)て王(おう)の師(し)を迎(むか)う。
若(も)し其(そ)の父兄(ふけい)を殺(ころ)し、其(そ)の子弟(してい)を係累(けいるい)し、
其(そ)の宗廟(そうびょう)を毀(こわ)ち、其(そ)の重器(ちょうき)を遷(うつ)さば、之(これ)を如何(いかん)にして其(そ)れ可(か)ならん。
天下(てんか)固(もと)より斉(せい)の彊(つよ)きを畏(おそ)るるなり。
今(いま)、又(また)地(ち)を倍(ばい)して仁政(じんせい)を行(おこな)わずんば、是(こ)れ天下(てんか)の兵(へい)を動(うご)かすなり。
王(おう)速(すみ)やかに令(れい)を出(い)だし、其(そ)の旄倪(ぼうげい)を反(かえ)し、其(そ)の重器(ちょうき)を止(と)め、燕(えん)の衆(しゅう)に謀(はか)り、君(きみ)を置(お)きて、而(しこう)して之(これ)を去(さ)らば、則(すなわ)ち猶(なお)止(とど)むるに及(およ)ぶべきなり」


注釈

  • 旄倪(ぼうげい)…老人と子ども。社会的に弱い立場の者の象徴。
  • 重器(ちょうき)…宝物や重要な財。略奪品の代表例。
  • 係累(けいるい)…つなぎとめ、拘束すること。捕縛・連行。
  • 之を去らば…軍を引き上げる。占領を終了する意。

パーマリンク案(英語スラッグ)

  • no-rule-without-justice(正義なき支配は支配にあらず)
  • do-not-betray-the-people(民の信を裏切るな)
  • rescue-not-raid(救援であって略奪であってはならぬ)

この章で孟子は、王道政治の限界と失望の兆しを見せながらも、最後まで民を守る道を説いています。

1. 原文

今,燕其民,王往而征之,
民以爲將拯己於水火之中也,
簞⻝壺漿,以迎王師。

若殺其父兄,係累其子弟,毀其宗廟,遷其重器,
如之何其可也?

天下固畏齊之彊也,今又倍地而不行仁政,
是動天下之兵也。

王出令,反其旄倪,止其重器,謀於燕衆,置君而後去之,
則猶可及止也。


2. 書き下し文

今、燕その民を虐ぐ。王、往きてこれを征す。
民は己を水火の中より救わんとすると思い、
簞食壺漿して、王の師を迎う。

もしその父兄を殺し、子弟を拘束し、宗廟を壊し、
重器を奪い去るならば、どうしてそれがよいと言えようか。

天下はもともと斉の強大さを恐れている。
今また領土を倍にしながら仁政を行わなければ、
これは天下の兵を動かすことになる。

王よ、速やかに命令を出し、老幼を帰し、重器を返還し、
燕の人々と相談し、君主を立てた後に兵を退くならば、
まだ間に合うかもしれない。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 「今、燕の国では民が虐げられている。王がそれを征伐するのは、民を水火のような苦しみから救うためであると、民は期待していた。」
  • 「民は食べ物や水を持って、王の軍を歓迎した。」
  • 「ところが、もしその軍が父や兄を殺し、子や弟を捕らえ、祖先の祀り場である宗廟を壊し、貴重な財産や器物を奪っていくならば、それは許されることではない。」
  • 「もともと天下の国々は、斉の国力を恐れている。」
  • 「そこに加えて、征服した土地で仁政を敷かなければ、それは天下の他国すべてを敵に回すような行為である。」
  • 「王よ、すぐに命令を出し、捕らえた民を解放し、器物を返し、燕の民と相談して適切な君主を立てたうえで、軍を引けば、まだ他国の怒りを止められるかもしれない。」

4. 用語解説

用語解説
燕(えん)北方の一国。内乱や混乱の続いていた国で、斉が攻め入った。
簞食壺漿(たんし・こしょう)竹の器に盛った飯と壺に入れた水。戦を歓迎する民の象徴的行動。
宗廟(そうびょう)祖先を祀る祭祀の場所。破壊は国家の誇りと歴史の破壊を意味する。
重器(ちょうき)国家や王朝の象徴的な宝物・祭器など。
旄倪(ぼうげい)老人と子供。戦乱の被害者になりやすい。
仁政(じんせい)思いやりと正義に基づいた政治。孟子の政治思想の中核。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

孟子は、民を救うための戦であれば歓迎されるが、
その戦いが民を苦しめ、略奪と殺戮に転じるならば、
それは“正義”ではなく、単なる“暴力”だと断言しています。

天下の諸侯は斉を恐れており、そこに信なき行動が加われば、
他国の警戒を呼び、戦乱を引き起こす結果になる。

ゆえに、王は速やかに略奪を止め、民と相談し、
その国に適切な統治者を立てたうえで兵を引くべきであると進言しています。


6. 解釈と現代的意義

孟子は、「動機の正しさ」と「行動の正しさ」は別物であると説いています。

  • 正義を掲げても、民に苦しみを与えれば支持は得られない。
  • 支援とは一方的に“してやる”ことではなく、相手と“共に立て直す”ことである。
  • 戦いや拡大に酔うことなく、常に“誰のための政治か”を忘れるな。

現代の政治家・経営者・リーダーにも通じる極めて実践的な思想です。


7. ビジネスにおける解釈と適用

✅ 「“買収”は救済であり、収奪ではない」

企業買収やM&Aは、救済を名目に行われることが多いが、
買収後に従業員を切り捨て、文化を破壊すれば、
信頼を失い、ブランド価値を毀損する。

✅ 「支配ではなく共創を」

提携先・買収先との関係は、“一方的な管理”ではなく“共に立て直す”姿勢が重要。
現地チーム・旧経営陣との対話を通じて「共にリーダーを選ぶ」ことが成功の鍵となる。

✅ 「期待を裏切る行為が最大のリスク」

期待されている正義やリーダーシップを裏切ると、
味方すら敵になり、結果的に孤立する。


8. ビジネス用の心得タイトル

「支配ではなく救済を──信なき武力は、期待を敵に変える」


この章句は、「正義の名を掲げるからこそ、その行動は誰よりも透明で、誠実であるべき」という孟子の強いメッセージです。

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