孟子は、戦争に義(ただしさ)を求めることの虚しさを語った。
『春秋』――孔子が記した歴史書――に記された戦いのすべてを見渡しても、「義にかなった戦争」はひとつもなかったという。
たとえ「あの戦いのほうがこの戦いよりはマシだ」と言えるものがあっても、それは相対的にましだったにすぎず、決して正義の戦とは言えない。
本来、「征」とは上に立つ者(天子)が、不義をなす下の者(諸侯)を正すことであり、勝手に争う諸侯同士の戦は、それ自体が無義である。
孟子は、戦の正当化を厳しく退け、どんな戦争にも「絶対的な正義」は存在しないことを指摘する。
戦における義とは、幻想にすぎない――その視点は、後世の平和思想にも深く影響を与えた。
引用(ふりがな付き)
「孟子(もうし)曰(いわ)く、春秋(しゅんじゅう)に義戦(ぎせん)無し。彼(かれ)、此(これ)より善(よ)きは、則(すなわ)ち之(これ)有(あ)り。征(せい)とは、上(かみ)、下(しも)を伐(う)つなり。敵国(てきこく)は相(あ)い征(せい)せざるなり」
注釈
- 春秋(しゅんじゅう)…孔子が編纂したとされる魯の年代記。戦争と政治の記録を通じて、道義の観点から善悪を示そうとした。
- 義戦(ぎせん)…正義の戦争。「春秋に義戦なし」は、戦争に真の正義は存在しないという警句として後世に引用される。
- 征(せい)…本来は上位者が下位者を正すという意味。孟子は、勝手な争いを「征」と呼ぶことを否定している。
- 敵国(てきこく)相征せず…同格の国どうしが互いに「征」を名乗るのは道理に反する、という批判。
1. 原文
孟子曰、春秋無義戰。彼、善於此、則之矣。征者、上、伐下也。敵國不相征也。
2. 書き下し文
孟子(もうし)曰(いわ)く、春秋(しゅんじゅう)に義戦(ぎせん)無し。彼(かれ)、此(これ)より善(よ)きは、則(すなわ)ち之(これ)に之(ゆ)く。征(せい)とは、上(じょう)、下(か)を伐(う)つなり。敵国(てきこく)は相(あい)征(せい)せざるなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 孟子曰、春秋無義戰。
→ 孟子は言った。「春秋時代には、正義の戦争などなかった。」 - 彼、善於此、則之矣。
→ 他国が自国より良ければ、人々はそちらに移って行くのだ。 - 征者、上、伐下也。
→ 「征」とは、上位の者が下位の者を討つことをいう。 - 敵國不相征也。
→ 敵対する国同士は、互いに征してはならないのだ。
4. 用語解説
- 春秋(しゅんじゅう):孔子が編纂したとされる歴史書『春秋』。ここでは春秋時代(紀元前8~5世紀)の諸国の行動規範を意味する。
- 義戦(ぎせん):道義にかなった、正当な理由のある戦争。
- 善於此(これより善き):自国よりも優れていること。政治・制度・文化などが良い状態。
- 之矣(これにゆく):そちらの国に移住する。
- 征(せい):天子や君主が、臣下や下位の国を討つ戦争。
- 上・下(じょう・か):身分や位の上下を指す。征は上位者が下位者を討つときのみ正当とされた。
- 敵国(てきこく):対等な独立国同士。
- 相征せざるなり:お互いに征服し合ってはならない、つまり上下関係のない者同士の戦争は義に反する。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう言った。
「春秋時代には、正義の戦争など存在しなかった。もし他国が自国より優れていれば、人々は自然とその国へ移り住むものだ。そもそも“征”とは、上位の者が下位の者を討つことである。対等な敵対国同士が戦争をするのは、本来あってはならないことだ。」
6. 解釈と現代的意義
孟子は、戦争の「正当性」を厳しく吟味しています。表面的に「正義の戦争」と称しても、それが対等な者同士の私利私欲に基づく争いであれば、**義(正しさ)**はないという立場です。
ここで孟子は、**「人々の心は正義と善政に惹かれて移る」**と語っています。戦争で奪うのではなく、「善き国」になることによって人が集まるのが本当の勝利であるという思想です。
7. ビジネスにおける解釈と適用
「力による奪取より、価値による吸引を」
- 市場においても、ライバルを力で潰そうとする行為(=買収・過剰な価格競争・ネガティブキャンペーン)は“義”のない行動です。
- 本当に人(顧客・人材)が集まるのは、サービスや組織そのものが優れているからです。
「上下関係に基づく介入と、対等者の敬意」
- “征”が許されるのは、倫理的に上位に立つ者の指導・介入に限定されるという孟子の視点は、現代のマネジメントや行政の介入にも通じます。
- 対等な立場にあるパートナー企業や自治体を、「征する」(支配・指導)ような態度では、持続的な協働関係は築けません。
8. ビジネス用心得タイトル
「勝つより“選ばれる”、征するより“惹きつける”──義にかなった競争の姿勢」
この章句は、表面的な勝利ではなく、「徳ある統治」「誠実なサービス」が真の勝利を呼ぶという孟子の哲学を象徴しています。
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