主旨の要約
孔子は、真の君子とは「心にやましさがない人」だと説く。だからこそ、憂うことも恐れることもない。君子の落ち着きや強さは、外から来るものではなく、内省と誠実な行いによって築かれるのである。
解説
司馬牛が「君子とは何か」と問うと、孔子は「君子は憂えず、懼れず」と即答します。
それを聞いた司馬牛はやや懐疑的に、「そんなことだけで君子と言えるのですか」と問い返しますが、孔子はこのように核心を返します——
「自らを省みて、心にやましさがなければ、何を憂い、何を恐れる必要があるか」
ここに、孔子の道徳観の中心である「内面の誠実さ」が端的に表れています。
君子の静けさや堂々たる態度は、環境や状況によるものではなく、自己に対して嘘がない状態に由来しているのです。
言い換えれば、日々の行動や判断を、自分の良心に照らして「やましくないか」と問い続けること。
その積み重ねが、やがて憂いや恐れを超えた境地――すなわち、真の君子に至るのです。
引用(ふりがな付き)
司馬牛(しばぎゅう)、君子(くんし)を問(と)う。子(し)曰(いわ)く、君子(くんし)は憂(うれ)えず、懼(おそ)れず。
曰(いわ)く、憂(うれ)えず、懼(おそ)れず。斯(こ)れ之(これ)を君子(くんし)と謂(い)うか。
子(し)曰(いわ)く、内(うち)に省(かえり)みて疚(やま)しからずんば、夫(そ)れ何(なに)をか憂(うれ)え、何(なに)をか懼(おそ)れん。
注釈
- 君子(くんし)…徳を備えた高潔な人格者。学び・行動・内省のすべてにおいて誠実である人。
- 不憂不懼(ふゆう・ふく)…心配もしないし、恐れもしない。落ち着いた精神状態を表す。
- 省(かえり)みる…自己を内省すること。言動や思いを反省し、正す姿勢。
- 疚し(やまし)からず…良心に照らしてやましいことがない、という清明な心。
1. 原文
司馬牛問君子。子曰、君子不憂不懼。曰、不憂不懼、斯謂之君子已乎。子曰、省不疚、夫何憂何懼。
2. 書き下し文
司馬牛(しばぎゅう)、君子(くんし)を問う。子(し)曰(いわ)く、君子は憂(うれ)えず、懼(おそ)れず。
曰く、憂えず懼れず。斯(ここ)に之(これ)を君子と謂(い)うか。
子曰く、省(かえり)みて疚(やま)しからずんば、夫(それ)何をか憂え、何をか懼れん。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「君子は憂えず懼れず」
→ 立派な人物(君子)は、心に不安も恐れも抱かない。 - 「憂えず懼れず、斯に之を君子と謂うか」
→ 心配も恐れもしない、それだけで君子と呼べるのか? - 「省みて疚しからずんば、夫れ何をか憂え、何をか懼れん」
→ 自分の内面を振り返って、やましいことがなければ、何を憂えることがあり、何を恐れることがあるだろうか?
4. 用語解説
- 司馬牛(しばぎゅう):孔子の弟子。性格は繊細で、内面の不安に悩むタイプとされる。
- 君子(くんし):徳を備えた立派な人物。人格的完成者。
- 不憂不懼(ふゆうふく):心配も恐れもない平静な心。
- 省(かえり)みる:自らを振り返る、内省する。
- 疚(やま)し:後ろめたさ、罪悪感、恥じる気持ち。
- 夫何憂何懼(それなにをかうれえ、なにをかおそれん):反語。「一体何を憂え、何を恐れる必要があるのか?」
5. 全体の現代語訳(まとめ)
司馬牛が「君子とはどういう人ですか」と尋ねると、
孔子は「君子は心に不安も恐れもない」と答えた。
司馬牛は「不安も恐れもないだけで、君子と呼べるのでしょうか」とさらに問う。
すると孔子は、
「自分自身を省みてやましいことがなければ、何を憂え、何を恐れる必要があろうか」と答えた。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「誠実な自己点検」と「内的な安心感」**をもってこそ、君子たる心の状態が得られると説いています。
- 「不憂不懼」は結果であり、原因は“やましさのない内省”にある。
表面的な感情の問題ではなく、「心に恥じるところがない」という内面の潔白こそが、安定した人格(君子)を生む。 - 他責より自省、評価より自己確認。
他人からの評価や不安の原因を外に求めるのではなく、自分の行いを省みることで心の平穏が得られるという、内面主導の哲学が語られています。 - 君子とは、「恐れない人」ではなく「恐れなくてよい人」
臆病でないというのではなく、後ろ暗さがないから恐れる必要がない──という、徳に裏打ちされた落ち着きが本質。
7. ビジネスにおける解釈と適用
(1)「やましさのない仕事が、真の自信を生む」
- 過少申告、情報隠蔽、顧客対応のごまかし——こうした不誠実な行動が、将来への不安と懼れを生む。
→ 誠実な行動こそが、メンタルの安定とリーダーの威厳を生む。
(2)「上司・経営者こそ“省不疚”の姿勢を」
- 重要な意思決定を行う者こそ、「それは自分の正義か?」と自問する内省力が必要。
→ 内省なきリーダーは、判断に迷いと恐れを抱く。
(3)「評価を恐れず、行動を省みる組織風土」
- 評価や批判を恐れて動けないのは、やましさや誤魔化しの残骸。
→ 社内で“安心して振り返れる”文化を醸成することが、心理的安全性を高める。
8. ビジネス用の心得タイトル
「内省が自信をつくる──“省みて疚しからず”が恐れなき力となる」
この章句は、恐れや不安をなくす最も確実な方法が、自らの誠実さと自己点検にあることを教えてくれます。
見せかけの自信ではなく、心からの安定を得るには、「自らを省みて疚しからず」という覚悟と日常の実践が不可欠です。
コメント