富や権力に迎合した者は、たとえ弟子でも許さない
ある日、孔子は怒りを込めてこう語った。
「魯(ろ)の権臣・季氏(きし)は、主君である魯公(ろこう)の祖・周公(しゅうこう)よりも富を持っている。
それにもかかわらず、我が弟子の冉求(ぜんきゅう)はその家老となり、季氏の富をさらに増やすために、人民から厳しく税を取り立てている。
あれではもはや私の弟子とは呼べぬ。――小子たちよ(弟子たち)、求を責める太鼓を鳴らして、彼を攻めてもよい!」
孔子は政治的な腐敗や不正義に加担した者を断固として許さなかった。
たとえ相手が自らの弟子であろうとも、**正しき道に反する者は「我が徒に非ず」**と明言した。
それは冷たい断絶ではなく、「君子の道を共に歩む者でなければ、共にはいられない」という厳しくも一貫した姿勢である。
孔子は、忠義や清廉を教えるだけでなく、それに反した行動を明確に糾弾することで、弟子たちに**「是非善悪を見極める力」**を伝えていた。
引用(ふりがな付き)
季氏(きし)、周公(しゅうこう)よりも富(と)む。
而(しか)して求(きゅう)や、之(これ)が為(ため)に聚斂(しゅうれん)して、之(これ)に附益(ふえき)す。
子(し)曰(い)わく、「吾(われ)が徒(ともがら)に非(あら)ざるなり。小子(しょうし)、鼓(こ)を鳴(なら)して之(これ)を攻(せ)めて可(よ)し」
注釈
- 季氏(きし):魯国の有力豪族。実質的な権力を持ち、国を左右していた三桓のひとつ。
- 周公(しゅうこう):周王朝の重臣で、魯国の祖。理想的な政治の象徴。
- 冉求(ぜんきゅう):孔子の高弟の一人。政治にも携わる有能な人物だったが、このときは季氏に仕えていた。
- 聚斂(しゅうれん):税を厳しく取り立てること。ここでは搾取に近い意味合い。
- 鼓を鳴らして攻めよ:儀式的な言い回しで、「堂々と糾弾してよい」の意。
1. 原文
季氏富於周公。而求也爲之聚斂而附益之。子曰、非吾徒也。小子鳴鼓而攻之、可也。
2. 書き下し文
季氏(きし)、周公(しゅうこう)よりも富(と)む。而(しか)して求(きゅう)や、之(これ)が為に聚斂(しゅうれん)して之に附益(ふえき)す。子(し)曰(いわ)く、吾(わ)が徒(とも)に非(あら)ざるなり。小子(しょうし)、鼓(こ)を鳴(なら)して之を攻(せ)めて可(よ)し。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「季氏、周公よりも富む」
→ 季氏(魯の有力貴族)は、周公(古の理想的政治家)よりも財力を持っていた。 - 「而して求や、之が為に聚斂して之に附益す」
→ それにもかかわらず、弟子の求(冉求)は、その季氏のために税や財物をさらに集めて、富を増やしていた。 - 「子曰く、吾が徒に非ざるなり」
→ 孔子は言った。「もはや彼は私の弟子ではない。」 - 「小子、鼓を鳴らして之を攻めて可なり」
→ 「諸君、太鼓を鳴らして(=討伐の合図として)彼を責めるがよい。」
4. 用語解説
- 季氏(きし):魯国の実力者。孔子が仕えた国家内で事実上の支配力を持っていた三家の一つ。非常に裕福であった。
- 周公(しゅうこう):理想の政治家・聖人とされた人物。周王朝の礎を築いた。
- 求(きゅう):弟子・冉求(ぜんきゅう)。実務能力に長けており、季氏の家臣としても活動していた。
- 聚斂(しゅうれん):民から税を過剰に取り立て、財を集めること。
- 附益(ふえき):さらに加えて富を増やすこと。
- 小子(しょうし):若い弟子たちへの呼びかけ。「お前たち」「諸君」。
- 鼓を鳴らして攻める:古代中国の戦争で、戦闘開始を示す儀式的行為。ここでは非難してよいという比喩的表現。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
季氏はすでに周公以上に裕福であった。
それにもかかわらず、冉求はその季氏のために民からさらに税を取り立て、富を増やしていた。
孔子はそれを聞いて言った:
「もはや彼は私の弟子とは言えない。諸君、太鼓を鳴らして彼を非難するがよい。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孔子が道義に反する行為に対して弟子であっても断固として非を唱えた場面です。
冉求は能力があり忠実な弟子であったにもかかわらず、「すでに十分に裕福な勢力に対してさらに富を積ませる」という行為は、仁政・道徳政治を志す孔子の理念に反するものでした。
● 本質的メッセージ:
- 能力があることと、正しいことをしているかどうかは別問題。
- 利益のために道を曲げる者は、たとえ弟子であっても断罪される。
- リーダーにとって“仲間外れにする勇気”も信念の一部。
7. ビジネスにおける解釈と適用
❶「“優秀”でも“倫理”を欠けば、組織の害となる」
– 実務能力が高くても、倫理やミッションに背く行動を取る者は、組織の価値を壊す危険性がある。
❷「“結果を出す者”に甘くならず、理念に忠実であれ」
– 孔子は、利益をもたらす冉求の行為にも断固NOを突きつけた。これは、リーダーが価値観を最優先するべきという教訓。
❸「内部に対しても“正しく怒る”ことが組織を正す」
– 内部批判を避ける風潮は、組織を腐らせる。信頼関係の上でも、明確な姿勢で正す力が必要。
8. ビジネス用心得タイトル
「利益のために道を曲げるな──理念を外れた者は、いかに近くても切り離せ」
この章句は、孔子が組織や人間関係の中で「信念を守るためには対立も辞さない」姿勢を見せた貴重な一節です。
現代の企業経営やチーム運営においても、「倫理に基づいた判断」こそが最も揺るぎない価値であると教えてくれます。
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