企業経営には不確定要素が多く、計画を立ててもその通りに進むことは稀だ。このため、経営計画自体を放棄する経営者も少なくない。その結果、成り行き任せの経営となり、社長は自らの方針を示さず、社員の行動ばかりに目を向けるようになる。こうした状況は、社員の社長への信頼を損ない、会社の将来に対する不安を増幅させる原因となっている。
不安定要因が多いという事実は、経営計画を無意味にするのではない。むしろ、その不確定性があるからこそ、経営計画の重要性は一層高まる。不安定な状況を乗り越えるための指針として、計画は欠かせない存在となるのだ。
どれほど綿密な計画を立てたとしても、その通りに進むことはまずない。しかし、計画と実績の差異は、洞察力のある経営者にとって極めて重要な情報となる。この差異を通じて、外部環境が自社に与える影響を財務的な視点で具体的に捉えることが可能になるからだ。
計画と実績の差異から状況を読み取り、適切な対策を見いだせない経営者は、これからの厳しい環境を乗り越える資格を欠いていると言える。また、どれほど優秀な経営者であっても、明確な目標を持たない経営では、その能力を十分に発揮することは不可能だろう。
企業経営とは、過去の実績をそのまま成り行きに任せて引き延ばすことではない。むしろ、自社の未来像を描き、それを実現するために、今日、この瞬間に何をすべきかを判断し、行動に移すことが求められるものだ。ローマが一日にして築かれなかったように、持続的な成長も一朝一夕では成し得ない。
企業には長期的に一貫した目標が必要であり、その目標に向かって全社が一丸となり努力することが求められる。しかし、多くの企業を支援してきた中で、長期計画を策定すると、ほとんどの社長が「この計画の成否は第一年度で決まる」と感想を漏らす場面に何度も出会った。
これは、多くの社長が自社の将来像を漠然とした願望として抱いているだけで、その実現に向けた具体的な手を十分に打ってこなかったことを物語っている。そのため、計画を立ててみると、過去に打つべきだった手がいかに怠られてきたかが明らかになる。その結果として、取り返しのために第一年度の計画が非常に厳しい内容になってしまうのだ。
経営計画を持たず、社長自身が何をすべきか明確に理解していない状況では、社員を真に活用することなどできるはずがない。経営計画なしに経営が成り立つわけがないという、最も基本的な事実が驚くほど認識されていない現状は、残念という言葉では片付けられない深刻な問題だ。
多くの企業で経営計画の策定を支援してきたが、私の仕事の大半はまさにこの経営計画の樹立にある。なぜなら、計画を立てる過程で何を検討し、何を決定するかによって、企業の業績が根本的に左右されることを、これまでの経験から深く理解しているからだ。
広い視野に立ち、総合的な検討を行い、会社の将来の方向性をしっかりと定めることができる社長は、優れた業績を上げる。一方で、客観的な情勢を分析できず、自社の方向性を示すことができない社長が、会社を繁栄に導けないという現実を、私はこれまで嫌というほど目の当たりにしてきた。
会社の運命は、社長の「こうする」という決断によって決まるものであり、社員の活動そのものによって決まるわけではない。一見すると、社員の活動が会社の成否を左右しているように見えるかもしれないが、その活動を方向付け、規定するのは社長の決定である。この基本的な事実を理解していなければならない。
だからこそ、社長は自らの意思と責任に基づき、会社の将来像を描き、それを実現するための目標と方針を明確に定める必要がある。そして、それらは経営計画として明文化されなければならない。文章と数字を組み合わせることで、具体性と実行可能性を備えた計画を形にすることが求められるのだ。
重要なのは数字だ。数字ほど、状況を鮮明に浮き彫りにするものはない。社長自身の意図を数字で表現してみることで、自社の現状がいかに困難であるかが一目瞭然となる。その瞬間、社長の思考はこれまでとは異なる方向へと回り始める。数字は、現実を直視させ、具体的な行動を促す強力なツールとなるのだ。
これまで自分がいかに軽率であったか、また、打つべき手を怠ってきたかを痛感し、「このままではいけない」という強い自覚が否応なく芽生える。このような社長の意識改革が起こった瞬間から、会社は変革への一歩を踏み出し始めるのだ。会社の変化は、まず社長の内面の変化から始まる。
社長は、自身の意識改革を起点として、会社の未来を描く設計図を自らの手で作り上げ、それを幹部社員に示さなければならない。この設計図を丁寧に説明し、会社の方向性と目標を共有することが求められる。そして、自らの強い決意を示すとともに、幹部社員に協力を求め、一丸となって目標達成に向けた行動を始めるべきである。
私は常にこの説明会に出席し、その場で感じ取ることがある。それは、ほとんどの場合、説明会の前後で幹部社員の態度がまるで別人のように変わるという点だ。会場に入ってくる幹部社員たちは、多くが「社長に呼ばれたから集まった」といったような無関心な表情をしている。彼らの姿勢には、当初、期待や関心よりも形式的な義務感が色濃く漂っているのがわかる。
しかし、社長の説明が進むにつれて、幹部社員たちの態度は徐々に変わり始める。話に引き込まれ、次第に真剣な表情で耳を傾けるようになり、終盤には社長の顔を食い入るように見つめながら話を聞く姿が印象的だ。説明会が終わって会場を後にする彼らは、まるで別人のように変化している。歩き方や雰囲気からして、意識が切り替わり、新たな覚悟が芽生えているのが伝わってくる。
私の経験上、経営計画の発表会ほど、幹部社員の態度を瞬時に変え、「やる気」を引き出す場面はほかにない。この変化は、社員の心の中にも「意識革命」が起こったことを如実に示している。社員たちは、指導者である社長が会社の将来についてどのような構想を抱き、何を実行しようとしているのか、さらに、その実現のために自分たちに何を期待しているのかを初めて具体的に理解したのだ。この認識の共有こそが、社員の士気を高め、行動を変える原動力となる。
会社の進路が明確に示され、社長の強い決意と社員への期待が伝えられる。そして、数字を通じて現状の厳しさが訴えられたとき、新たな決意とやる気を抱かない幹部社員はいないと言っても過言ではない。この断定的な結論を、私は数々の企業での経験を通じて自信を持って述べることができる。社長の言葉と数字が一体となり、社員の意識を大きく揺り動かす様子を何度も目の当たりにしてきたからだ。
私がこう述べても、多くの人は「そんなことが本当にあるのか」と疑念を抱くかもしれない。それも無理はない。というのも、いわゆる「経営学」と称されるものの多くは、常に「社員にやる気を起こさせる」ことに最大の関心を向けている。しかし、そのような理論や方法をいくら導入しても、ほとんど効果がないばかりか、逆にマイナスの結果を招くことすら多いという現実を、数え切れないほど目の当たりにしてきたからだ。この現実こそが、多くの人が本質を見失う原因となっている。
なぜそうなるのか。本書ではその一端を実例を通じて解明したつもりだが、結論として言えるのは、会社の最終的な責任を負い、最高の指導者である社長自身が、自らの姿勢を明確に示すことこそが、社員を動機づける最も重要な要素であるという事実に、ほとんど気付いていないという点に尽きる。社員を動かす原動力は、社長の覚悟とビジョンの提示に他ならない。
こうなった理由は、日本の経営とされるものが、アメリカ式の「経営学」と称する内部管理学をそのまま直輸入してきたことに起因している。アメリカでは、社員が会社との一体感をほとんど持たないため、社長の姿勢を示したり、企業の未来を語ったりすること自体に意味がない。だからこそ、そうした思想が経営学の中に組み込まれていないだけの話なのだ。この背景を理解せずに、そのまま取り入れた結果が、現在の状況を生み出していると言える。
日本のように、社員が会社と一体感を持つ環境では、トップの姿勢を明確にし、企業の未来を語ることの重要性は計り知れない。しかし、これを実際に経験した者でなければ、その本質を理解することは難しい。それどころか、トップの姿勢を示すことが「上からの押しつけ」であり、「社員の立場を無視する行為」とする誤った理論が生まれ、それが企業に押しつけられてきた。このような理論を取り入れた結果、多くの企業が混乱に陥り、業績低下に苦しんでいる様子は、想像以上に深刻である。この誤りが、いかに日本の経営の本質を損ねているかを直視しなければならない。
本書で取り上げた幾つかの実例は、広大な現実の中のほんの一部に過ぎない。今こそ経営者は、これまでの誤った観念を清算し、自らの責任において明確な意図を持ち、それを明文化して社員に訴えかけるべき時である。そして、社員の心の中に意識革命を起こし、協力を求める必要がある。このプロセスを経ずして、会社の発展を実現することは極めて困難と言わざるを得ない。トップの決意と行動が、変革の出発点となるのだ。
社員が会社と一体感を持つ国民は、世界中で唯一、日本だけである。この特性を持つ日本の経営には、他国にはない「日本的経営」が求められる。画一的な海外の理論をそのまま当てはめるのではなく、日本独自の文化や価値観、組織の特性に基づいた経営手法を確立する必要がある。これこそが、日本の企業が真に強く、持続的に成長するための道筋と言える。
「経営計画を社員に示し、協力を求める」ことは、日本的経営の人間的側面における根幹を成すものである。この点を、経営者にはぜひ認識してほしい。社員との一体感を基盤にした経営が日本の企業文化に深く根付いているからこそ、経営計画を通じて目標と方向性を共有し、相互に信頼と協力を築くことが、企業の成長と発展に不可欠なのだ。
この章では、経営計画が企業経営において不可欠であり、計画が企業の成長と社員のモチベーションに大きな影響を与えることが述べられています。要点は以下の通りです。
- 不安定要因が多いからこそ経営計画が必要
経営は予測できない要因が多いため、成り行きに任せる経営では、企業の将来が不安定になります。社長が明確なビジョンと計画を示さないと、社員は社長に対する信頼を失い、企業の未来への不安を抱きます。 - 計画と実績の差が貴重な情報
計画が実際の成果と異なる場合、その差を分析することで、客観的な経営判断ができ、迅速な対応策が見つかります。計画を持たない社長は、このような重要な情報を得る機会を失います。 - 経営計画が社長の責任を強化する
社長が責任をもって未来のビジョンを示し、社員に目標と方向性を伝えることが、組織の統一感を生み、社員のモチベーションを高めます。計画がなければ社員はどう進むべきかを見失い、成り行きに流されるだけになってしまいます。 - 数字で明確に示す経営計画の効果
数字で表された計画は、現実を直視させ、社長の意識改革を促します。また、社員に具体的な目標を提示することで、意識の変化を引き起こし、全員が目標達成に向けて協力しやすくなります。 - 経営計画の発表会による社員の意識改革
社長が経営計画を社員に発表し、ビジョンと目標を共有すると、社員は自分たちの役割と責任を明確に理解します。これによって、社長と社員が同じ方向を向き、企業全体が一体となって取り組む姿勢が生まれます。 - 「日本的経営」に必要な経営計画
日本のように、企業との一体感を持つ社員が多い環境では、社長が経営計画を通じて未来を示し、社員に協力を求めることが効果的です。トップが明確な姿勢を示すことで、企業の発展を支える土壌が育まれるという「日本的経営」の重要な側面です。
この章は、社長が責任をもって経営計画を立て、企業の未来を社員と共有することが、社員のやる気を引き出し、企業の発展に欠かせないと説いています。
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