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愛を知らぬ者は、愛すべき者すら傷つける

孟子は、仁を欠いた支配者の行いを鋭く批判する。
仁者は、まず自分の身近な人を愛し、その愛を他者にも広げていく。
しかし不仁者は、他者への冷酷さを、自分が大切にすべき者にまで及ぼしてしまう。

梁の恵王は、領土欲のために民を戦に駆り、血肉がただれるほどの苦しみを与えた。
敗戦後には復讐のために、最も愛すべき子弟までも戦場に送り込み、犠牲にしてしまった。
これはまさに「愛さぬ者への無慈悲な心を、愛すべき者にまで及ぼす」不仁の極みだ。

形式的な忠義や戦果ではなく、人としての心のあり方が試されている。
仁なき行動が、自らの大切なものすらも破壊してしまうのだ。


引用(ふりがな付き)

「孟子(もうし)曰(いわ)く、不仁(ふじん)なるかな梁(りょう)の恵王(けいおう)や。仁者(じんしゃ)は其(そ)の愛(あい)する所(ところ)を以(もっ)て、其(そ)の愛(あい)せざる所(ところ)に及(およ)ぼし、不仁者(ふじんしゃ)は其(そ)の愛(あい)せざる所(ところ)を以(もっ)て、其(そ)の愛(あい)する所(ところ)に及(およ)ぼす」


注釈

  • 仁者…人としての徳を持ち、愛を広げていく人物。
  • 不仁者…愛や思いやりに欠け、自己の利益のために他者を傷つける人物。
  • 糜爛(びらん)…戦の苦しみによって、民の身体が血肉のただれるようになること。
  • 殉ぜしむ(じゅんぜしむ)…犠牲にする。ここでは愛する子弟を戦で死なせたことを指す。
目次

1. 原文

孟子曰、不仁哉梁惠王也。仁者以其愛、及其不愛、不仁者以其不愛、及其愛。
公孫丑曰、何謂也。梁惠王以土地之故、糜爛其民而戰之、大敗。將復之、恐不能勝、故驅其愛子弟、以殉之。是之謂以其不愛、及其愛也。


2. 書き下し文

孟子(もうし)曰(いわ)く、不仁(ふじん)なるかな、梁(りょう)の恵王(けいおう)や。仁(じん)者(しゃ)は其(そ)の愛(あい)する所(ところ)を以(も)って、其の愛せざる所に及(およ)ぼし、不仁者は其の愛せざる所を以って、其の愛する所に及ぼす。

公孫丑(こうそんちゅう)曰く、何(なん)の謂(い)いぞや。梁の恵王は土地の故(ため)を以って、其の民(たみ)を糜爛(びらん)してこれを戦(たたか)わせ、大(おお)いに敗(やぶ)れたり。将(まさ)に之(これ)を復(ふく)せんとして、勝(か)つこと能(あた)わざるを恐(おそ)る。故(ゆえ)に其の愛する所の子弟(してい)を駆(か)りて、以ってこれに殉(したが)わせしむ。是(これ)を之(これ)其の愛せざる所を以って、其の愛する所に及ぼすと謂うなり。


3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)

  • 孟子曰、不仁哉梁惠王也。
     → 孟子は言った。「梁の恵王はなんと仁愛のない王だろうか。」
  • 仁者以其愛、及其不愛、
     → 仁者は、自分の愛するものへの愛を、自分が愛していない者にも及ぼすものだ。
  • 不仁者以其不愛、及其愛。
     → 不仁者は、自分が愛していないものへの無関心を、自分の大切に思う者にまで及ぼしてしまう。
  • 公孫丑曰、何謂也。
     → 公孫丑が言った。「それはどういう意味ですか?」
  • 梁惠王以土地之故、糜爛其民而戰之、大敗。
     → 梁の恵王は土地の争いのために、人民を苦しめて戦争に駆り出し、大敗した。
  • 將復之、恐不能勝、故驅其愛子弟、以殉之。
     → 王は再戦を考えたが勝てないのを恐れて、今度は自分の愛する子弟たちを戦場に送り込んだ。
  • 是之謂以其不愛、及其愛也。
     → これこそ、自分の愛していないものへの冷酷さを、自分の愛する者にも及ぼすということなのだ。

4. 用語解説

  • 不仁(ふじん):仁(思いやりや慈しみの心)を欠くこと。無慈悲なこと。
  • 仁者(じんしゃ):他者への愛情・思いやりを実践する理想の人物。
  • 糜爛(びらん):疲弊させ、すり減らすこと。戦争などで人民が消耗し尽くす状態。
  • 以其愛及其不愛(その愛する所を以って、愛せざる所に及ぼす):自分が大切にしている感情を、他人にまで広げる。
  • 殉(じゅん)ずる:死に従うこと。ここでは、犠牲にする、従軍させる意味。

5. 全体の現代語訳(まとめ)

孟子は言った。
「梁の恵王は、なんと仁のない人物であろうか。仁ある者は、自分が愛する人への思いを、他人にも広げようとする。だが仁のない者は、他人に対する冷酷さを、自分の大切な人にまで及ぼしてしまう。」

公孫丑が尋ねた。「どういう意味ですか?」

孟子は続けた。
「梁の恵王は、土地を奪うために民を酷使して戦争に送り出し、大敗した。再び戦をしようとしたが、勝てる自信がなかったため、今度は自分が大切にしている子弟を戦争に駆り立てた。これこそ、自分が愛していない人々に向けていた残酷さを、自分の愛する人々にも向ける行為なのだ。」


6. 解釈と現代的意義

この章句は、「為政者の仁と不仁の差」を鮮やかに描いています。孟子の言葉は、リーダーシップにおいて「誰を大切にするか」「その感情をどう広げるか」に本質があることを教えています。

仁ある者は、狭い範囲に閉じこもらず、愛の感情を拡張できる。一方で、不仁なる者は、自己保身や打算から、冷酷さを自らの身近な者にまで波及させてしまうのです。


7. ビジネスにおける解釈と適用

「リーダーの冷徹な判断は、部下の未来を損なう」

  • 数字や結果を追うあまり、従業員や現場の疲弊を見落とし、最後には自らの信頼できる部下すら“犠牲”にしてしまう──これはまさに現代版の「不仁」です。

「愛ある経営とは、配慮の連鎖を生むこと」

  • 仁あるリーダーは、最も近しい仲間への誠実さを、そのまま顧客や取引先にも広げていく。これが信頼の連鎖を生み、組織全体の健全性を支える。

「短期的な勝利より、長期的な信義を」

  • 恵王は土地(利益)を優先し、民(社員)を使い捨てたが、結果は敗北だった。現代企業も、短期利益のための人材搾取をすれば、結局は全体が傷つく。

8. ビジネス用心得タイトル

「利より仁を、損より信を──“誰を守るか”が組織の未来を決める」


この章句は、「冷徹な判断がやがて愛する者をも傷つける」というリーダーへの深い警告を含んでいます。


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