孟子は、民を顧みずに君主の私利を追求する臣を、厳しく非難する。
その代表例として登場するのが、孔子の弟子である**冉求(ぜんきゅう)**である。
冉求は、魯の権臣・季孫氏の家老となったが、
- 季氏の悪徳を正さず、
- 民に対する税(穀物)を倍増させて、
- 君主だけを富ませた。
これに対し、孔子は弟子たちにこう言い放った:
「求はもはや私の弟子ではない。小子(弟子たち)よ、太鼓を鳴らして彼を攻めよ」
孟子はこの逸話をもとに、仁政を行わぬ君主を支えて富ませる臣下は、すべて孔子に見捨てられるべき存在であると断じる。
そして、さらに君主の利のために民を戦争に駆り立てる者は、それ以上の重罪に値すると説く。
- 地を争って人の死体が野に満ち、
- 城を争って死者が城を埋めるような戦――
これは、**「土地を率いて人の肉を食わせる」**に等しいと孟子は言う。
そしてその罪は、死んでも償えないとまで言い切る。
孟子は、こうした非道の順に応じて、以下の三種の者を罪の重い順に挙げる:
- 戦争の上手な者(善く戦う者)
- 諸侯を連合させて外交的戦を起こす者
- 開墾・収奪により土地から税をむさぼる者
いずれも仁政を無視し、強制と収奪によって国家を動かす者たちであり、孟子にとって最も忌むべき存在である。
原文(ふりがな付き)
孟子(もうし)曰(いわ)く、
求(きゅう)や季氏(きし)の宰(さい)と為(な)り、能(よ)く其(そ)の徳(とく)を改(あらた)めしむる無(な)く、
而(しか)も粟(ぞく)を賦(ふ)すること他日(たじつ)に倍(ばい)せり。
孔子(こうし)曰く、
「求は我が徒(ともがら)に非(あら)ざるなり。小子(しょうし)、鼓(こ)を鳴(なら)して之(これ)を攻(せ)めて可(か)なり」と。
此(こ)れに由(よ)りて之を観(み)れば、
君(きみ)仁政(じんせい)を行(おこな)わずして之を富(と)ますは、皆(みな)孔子に棄(す)てらるる者(もの)なり。
況(いわ)んや之が為(ため)に強(し)いて戦(たたか)い、地(ち)を争(あらそ)いて以(もっ)て戦い、
人(ひと)を殺(ころ)して野(や)に盈(み)て、城(しろ)を争いて以て戦い、人を殺して城に盈つるに於(お)いてをや。
此れ所謂(いわゆる)土地(とち)を率(ひき)いて人の肉(にく)を食(くら)わしむるなり。
罪(つみ)、死(し)に容(い)れず。
故(ゆえ)に、
- 善(よ)く戦(たたか)う者は上刑(じょうけい)に服(ふく)し、
- 諸侯(しょこう)を連(つら)ぬる者は之に次(つ)ぎ、
- 草萊(そうらい)を辟(ひら)き土地に任(まか)ずる者は之に次ぐ。
注釈
- 冉求(ぜんきゅう):孔子の弟子。政治に長けていたが、民よりも上に仕える姿勢を非難された。
- 季孫氏(きそんし):魯の権力者。仁政を欠いた豪族として批判の対象。
- 鼓を鳴らす:討伐の合図。ここでは、道義的に糾弾してよいという意味。
- 善く戦う者:軍略に優れ、戦争を効率的に遂行できる者。孟子はその知力を評価せず、倫理を欠く政治技術者とみなす。
- 死に容れず:死をもってしても償えないほど重い罪。倫理の根幹を破壊する行為に対する最終評価。
パーマリンク案(英語スラッグ)
- no-glory-in-war(戦に栄光はない)
- taxing-the-poor-enriching-the-prince(民から奪い君を肥やすな)
- abandoning仁-is-unforgivable(仁を捨てるは死をもって償え)
- profit-over-people-is-a-crime(人より利を取るは罪)
この章は、孟子の政治倫理における核心が表現された極めて厳しい言葉です。
仁政を捨てて民を犠牲にする政治・軍事・経済の全てを断罪し、「人を生かすための統治」の理念を力強く訴えています。
原文(抜粋)
孟子曰、伯夷辟紂、居北海之濱、聞文王作興曰、盍歸乎來、吾聞西伯善養老者…
孟子曰、求也為季氏宰、無能改於其德、而賦粟倍他日…
君不行仁政而富之、皆棄於孔子者也…
爭地以戰、殺人盈野…此謂率土地而食人肉、罪不容於死。
書き下し文
孟子曰(いわ)く、
伯夷(はくい)は紂(ちゅう)を避けて、北海の浜に居る。
文王(ぶんおう)興ると聞き、曰く、
「盍(なん)ぞ帰せざるや。我聞く、西伯(せいはく)はよく老を養う者なり。」
太公(たいこう)は紂を避けて東海の浜に居る。
文王興ると聞き、曰く、
「盍ぞ帰せざるや。我聞く、西伯は善く老を養う者なり。」
二老は天下の大老なり。而して之に帰す。是れ天下の父、之に帰するなり。
天下の父、之に帰せば、その子、焉(いずく)にか往かん。
諸侯にして文王の政を行う者有らば、七年のうちに、必ず天下に政を為さん。
また曰く:
求(ぐ)は季氏の宰となり、其の徳を改むること能わずして、賦粟(ふぞく)他日に倍す。
孔子曰く、
「求は我が徒に非ざるなり。小子よ、鼓を鳴らして攻むべし。」と。
是に由りて観るに、
君、仁政を行わずして之を富ましむるは、皆孔子に棄てらるる者なり。
況んや、これが為に強いて戦い、地を争い、殺人、野に盈ち、
城を争い、殺人、城に盈つるに於いてをや。
此れ、土地を率いて人の肉を食ましむるなり。罪、死にも容(い)れず。
現代語訳(逐語/一文ずつ)
- 伯夷は、暴君・紂王を避けて北の海辺に隠れ住んだ。
- ある日、文王が仁政を始めたと聞くと、こう言った。
「なぜ戻らぬ理由があろうか。私は西伯(文王)が年寄りを大切にすると聞いている。」 - 同じく太公望も紂王を避けて東の海辺に居たが、
文王の仁政を聞き、「帰らない手はない。西伯は老者に優しいと聞く」と言って帰参した。 - 伯夷と太公、この二人は「天下の大老」と言える存在であり、
彼らが文王に帰参したということは、**“天下の父が文王に帰した”**のと同じである。 - 父が帰すれば、その子たち(諸侯・民衆)も当然従う。
もし諸侯が文王のような仁政を実行すれば、7年以内に必ず天下の中心となるだろう。
—
- 一方で、「求」という人物は、季氏の家宰になったが、
主君の悪政を改めることもできず、かえって租税を倍にして民を苦しめた。 - これを見た孔子は、「求は私の弟子ではない。太鼓を鳴らして公然と攻めてよい」と怒った。
- これを見るに、
もし君主が仁政を行わず、それでも部下を重用して富ませるなら、
それは孔子が捨てたような人物にすぎない。 - ましてやそのために無理な戦争を起こし、土地の争いで人が原野に満ち、
城をめぐって戦って死体が城を覆うような行為などは、
「土地を支配して民の肉を喰らう」に等しい。
これこそ、死刑にすら値する罪である。
用語解説
用語 | 意味 |
---|---|
伯夷・太公 | 高潔な士人の象徴。伯夷は道徳を重んじ、太公は賢臣であり戦略家。 |
文王(西伯) | 後の周王朝の創始者。仁政の象徴。 |
仁政 | 仁(思いやり・倫理)を根本とした政治。 |
求(ぐ) | 孔子の弟子・宰我のこと。義を欠いた行動をして孔子に破門された。 |
賦粟倍す | 税を2倍にして民を苦しめたこと。 |
強戦 | 理不尽な戦争。権力や土地欲しさに起こす戦い。 |
食人肉 | 暴政や戦争によって民を殺すことの比喩表現。 |
全体の現代語訳(まとめ)
孟子はこう語った:
かつて高潔な人である伯夷と太公は、暴君・紂を嫌って辺境に隠れていたが、
文王の仁政を聞いて、それぞれ自ら帰参した。
これはつまり、“天下の父”たちが、文王を信じて身を寄せたということであり、
彼らのような存在が帰すれば、その子(=民や諸侯)も必ず従う。
だから、もし誰かが仁政を真似て行えば、七年以内に天下の中心になれるのだ。
しかし、君主が仁政をせずに部下を富ませても、それは孔子が見捨てた人物に等しい。
ましてや、不正な富や土地を得るために戦争を起こし、人を殺し、
死体が原野や城に溢れるような政治は、土地を奪って人の肉を喰らうに等しい。
それは死に値する重罪だ。
解釈と現代的意義
この章句は、孟子が一貫して強調する
「仁政による正しい統治」対「暴政による略奪」
を非常に象徴的に描いています。
1. 高潔な人物は、仁に引き寄せられる
- 伯夷・太公という“天下の父”ですら、仁を実践する者に自然と帰属する。
- これは、誠実な組織には有能な人材が自然と集まるという示唆でもある。
2. 仁政を模倣すれば天下に影響力を持てる
- 「仁」に根差した政治や経営は、7年(=中期的)で必ず成果を上げる。
- モデルリーダー(文王)の再現が重要。
3. 暴政・不正・略奪的利益は死に値する罪である
- 孟子は強く断じる。「土地を支配して民を殺す者は、人肉を喰らう者であり、断じて許されない」と。
ビジネスにおける解釈と適用
1. 倫理を欠いた成功は「孔子に棄てられる」
- 結果や利益を出していても、倫理に反すれば信頼は得られない。
- それは真の成功ではなく、「棄てられる者」の道である。
2. 高潔なリーダーには、高潔な部下がつく
- リーダーが「仁」(思いやり・道徳・ビジョン)を体現していれば、
その姿勢に共鳴する人材が自然と集まる。
3. 戦略なき拡大・奪う経営は長続きしない
- 他社を力で押しのけ、社員を酷使して利益を得る手法は、
孟子に言わせれば「人肉を喰らう経営」であり、破滅への道である。
ビジネス用心得タイトル
「仁なき成功は破滅への道──“天下の父”が帰するのは、仁政のみ」
この章句は、高徳なリーダー像・組織倫理・暴政の代償を鋭く描くものです。
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