― 他人に厳しく、自分に甘い王を問い詰める孟子のまごころ
孟子は、斉の宣王に巧みに問いかけながら、統治者としての責任と自覚を引き出そうとした。
まず孟子はたとえ話を用いる。
「もし王の家来が、自分の妻子を信頼して友に預け旅に出た。ところが戻ってきたとき、妻子は飢えて凍えていたらどうしますか」と。
王は即答する――「そんな者は見捨てる」。
次に孟子は話を進める。
「裁判官が部下を治められなかったらどうするか?」
王はまたも即答――「辞めさせるに決まっている」。
そして孟子は核心を突く。
「では、国内が治まらなかったら、どうするのですか?」
すると、王は答えられず、左右を見て話題をそらしてしまった。
このやりとりにこそ、孟子の民へのまごころと王道政治への覚悟が宿っている。
真に正しいリーダーとは、自分の責任からも逃げない者である。
引用(ふりがな付き)
「孟子(もうし)、斉(せい)の宣王(せんおう)に謂(い)いて曰(い)わく、
王(おう)の臣(しん)、其(そ)の妻子(さいし)を其(そ)の友(とも)に託(たく)して、
而(しか)して楚(そ)に之(ゆ)きて遊(あそ)ぶ者(もの)有(あ)らんに、
其(そ)の反(かえ)るに比(ひ)んでや、則(すなわ)ち其(そ)の妻子(さいし)を凍餒(とうだい)せば、則(すなわ)ち之(これ)を如何(いかん)せん。
王(おう)曰(い)わく、之(これ)を棄(す)てん。
曰(い)わく、士師(しし)、士(し)を治(おさ)むること能(あた)わずんば、則(すなわ)ち之(これ)を如何(いかん)せん。
王(おう)曰(い)わく、之(これ)を已(や)めん。
曰(い)わく、四境(しきょう)の内(うち)治(おさ)まらずんば、則(すなわ)ち之(これ)を如何(いかん)せん。
王(おう)左右(さゆう)を顧(かえり)みて他(た)を言(い)う。」
注釈
- 凍餒(とうだい)…凍えることと飢えること。衣食住を満たさない悲惨な状態。
- 士師(しし)…裁判長。
- 士(し)…士師の部下の役人。
- 四境の内(しきょうのうち)…国の領土内、国内の意。
- 顧みて他を言う(かえりみてたをいう)…話題をそらす、成語の語源。
1. 原文
孟子謂齊宣王曰:
「王之臣,託其妻子於其友,而之楚遊者,
比其反也,則凍餒其妻子,則如之何?」
王曰:「棄之。」
曰:「士師不能治士,則如之何?」
王曰:「已之。」
曰:「四境之內不治,則如之何?」
王左右而言他。
2. 書き下し文
孟子、斉の宣王に謂いて曰く:
「王の臣が、自らの妻子をその友に託して楚へ遊びに行き、
帰ってみれば、その妻子が飢え凍えていたとしたら、どうしますか?」
王曰く:「その者を棄てよう。」
孟子曰く:「では、士師が士(役人・兵士)を治められなかったら、どうしますか?」
王曰く:「その職を解こう。」
孟子曰く:「では、国内(四境之内)が治まっていなかったら、どうするのですか?」
王、左右を顧みて他の話をする。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 孟子は斉の宣王にこう語った:
「王の家臣が、旅に出る間に妻子を親しい友人に預けたとします。
戻ってくると、妻子は飢えて凍えていた。さて、どうしますか?」
- 王は言った:「その友を見限る。」
- 孟子:「では、官吏の一人である士師が、配下を治められなければ?」
- 王:「それも辞めさせる。」
- 孟子:「では、王の治める国内が治まっていない場合、どうしますか?」
- 王は答えられず、話題をそらした。
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
凍餒(とうだい) | 凍えることと飢えること。極度の貧困状態。 |
士師(しし) | 武官・文官などの下級官吏を統括する者。現代で言えば課長や中間管理職。 |
士 | 官吏・武士・あるいは民間の士人。統治の対象。 |
四境之内(しきょうのうち) | 国家の領土内全域の意。すなわち「国の全体」。 |
左右而言他(さゆうしてたをいふ) | 明確に答えず、話題をそらすこと。責任逃れの表現。 |
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孟子は斉の宣王にこうたずねた:
「仮にあなたの家臣が、旅の間に妻子を友人に預けて出かけ、
帰ってきたら、その妻子が飢え凍えていた──そうなればどうしますか?」
宣王:「その友人を見限るだろう。」
孟子:「では、士師という官吏が、配下の者を治められなかったら?」
宣王:「その者を解任する。」
孟子:「では、王の治めるこの国内全体が乱れているのは、どうなのですか?」
これに対して王は沈黙し、話題を変えて答えなかった。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、為政者の不作為・無責任を問うた鋭い指摘です。
孟子は、
- **小さな管理責任でも不履行なら解任するのに、
- 王が国全体を治められていないのはなぜ放置されるのか?**
と問い詰めており、これは王自身に“自らを問う”よう迫った発言です。
王の沈黙は、責任逃れであるとともに、政治家・リーダーとしての自覚不足を象徴しています。
7. ビジネスにおける解釈と適用
✅ 「トップは“自分の管轄すべて”に責任を持つ」
- 一担当者の失敗はすぐ処分するのに、経営者や役員が自社全体の失敗には沈黙──
そのような態度は、信頼と秩序を失わせる。
✅ 「話題をそらす経営者は、部下の信頼を失う」
- 問題提起に対して沈黙したり、論点をずらしたりするのは最悪の対応。
最も優れた経営者は、最も厳しい質問から逃げない。
✅ 「リーダーに必要なのは“聴く勇気”と“認める誠意”」
- 指摘を受け入れる姿勢があって初めて、組織改革と人材育成が始まる。
8. ビジネス用の心得タイトル
「小さな責任は問うて、大きな責任から逃げるな──トップの覚悟が組織を治める」
この章句は、リーダーが「組織不全の責任をどのように受け止めるべきか」という
経営者倫理の核心を突く内容です。
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