孔子は、教える者と学ぶ者の関係において、受け手の姿勢が何より重要だと考えた。
「自ら奮い立とうとしない者には教えない。もどかしいほどに言葉を探して悩んでいるような者でなければ、導くことはしない」と述べる。
また、一つのヒントを与えたときに、それをもとに残りの三つの答えを自力で考えようとしないようでは、教え続ける価値がないと断じた。
受け身の姿勢では学びは深まらない。自ら知ろうとする熱意と探究心があってこそ、教える側の力も引き出される。
原文・ふりがな付き引用
子(し)曰(い)わく、憤(ふん)らざれば啓(けい)せず、悱(ひ)せざれば発(はっ)せず。一隅(いちぐう)を挙(あ)げて之(これ)を示(しめ)し、三隅(さんぐう)を以(もっ)て反(かえ)らざれば、則(すなわ)ち復(また)たせざるなり。
注釈
- 憤らざれば啓せず … 強く学びたいと望み、心を動かしている者でなければ教えを与えない。
- 悱せざれば発せず … 言葉に詰まりながらも必死で表現しようとする姿がなければ導かない。
- 一隅を挙げて … 物事の一部、ヒントを与えること。
- 三隅を以て反らざれば … 残りの三辺を自力で考えようとしない者には、それ以上教えないという厳しい姿勢。
1. 原文
子曰、不憤不啓、不悱不發、擧一隅而示之、不以三隅反、則不復也。
2. 書き下し文
子(し)曰(いわ)く、憤(いきどお)らざれば啓(ひら)かず、悱(ひ)せざれば発(はっ)せず。一隅(いちぐう)を挙(あ)げて之(これ)を示し、三隅(さんぐう)を以(もっ)て反(かえ)らざれば、則(すなわ)ち復(また)せざるなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「憤らざれば啓かず」
→ 強く知りたいと思って悩み苦しまなければ、自分から教えようとはしない。 - 「悱せざれば発せず」
→ 言いたくて口ごもるほど考え抜いていなければ、答えを与えない。 - 「一隅を挙げて之を示し」
→ 一つの側面・ヒントを挙げて教え示し、 - 「三隅を以て反らざれば」
→ 残り三つの面を自ら考えて応じてこなければ、 - 「則ち復たせざるなり」
→ それ以上は教えない。
4. 用語解説
- 憤(いきどおる):ここでは「悩みもがくほど強く知りたがる心情」のこと。
- 啓(ひらく):知恵や理解を開かせること。
- 悱(ひ):言いたいことがうまく言えず、もどかしく感じる状態。
- 発(はっ)する:言葉や答えを導き出すこと。
- 隅(ぐう):ここでは四角の一角、物事の一側面を意味し、全体の一部。
- 反る(かえる):反応する、思考を巡らす、推論して返す。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
孔子はこう言いました:
「強く知りたいと悩まない者には教えを開かず、もどかしさを抱いて言葉を求めない者には答えを示さない。一つのヒントを示して三つを自ら考えようとしなければ、私はそれ以上は教えない。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、孔子の**「教育における主体性の重視」と「学ぶ側の努力を促す教育方針」**を鮮やかに表したものです。
- 教育とは、知識を一方的に“与える”ものではない
- 真に学びたいという“渇望”と“内発的動機”がなければ、成長は生まれない
- 少しのヒントで自ら考え、自力で理解しようとする力こそが大切
孔子は、受動的な学びを排し、**“自分から学びにくる者にだけ本気で教える”**という厳しくも愛のある教育観を貫いていたのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用
■「自ら求める者にだけ、学びは訪れる」
──研修やOJTでも、「ただ言われたからやる」人と、「自ら成長を願って動く」人には、吸収力に大きな差が出る。
■「ヒントを与え、自分で答えを導かせよ」
──部下育成やマネジメントでは、すぐに答えを与えるのではなく、考えさせ、気づかせる指導が自立を促す。
■「思考の余白を残す教え方」
──“全部教える”のではなく、“一部だけ伝えて、残りは考えさせる”。これが創造性と応用力を育てる方法。
■「受け身では学べない、貪欲な姿勢こそ武器」
──知識・スキルを得るためには、悩み・もがき・試行錯誤する姿勢が不可欠。
学ぶ側も、「聞けば教えてくれるだろう」という受け身ではなく、自力で考え抜く覚悟が求められる。
8. ビジネス用心得タイトル
「学ぶ覚悟が、教える価値を引き出す──“自ら求める者”だけが成長する」
この章句は、教育者・マネージャー・人材育成担当にとって非常に示唆に富む内容です。
「教えるとはどうあるべきか」「育成文化とは何か」を問い直す出発点となります。
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