―『貞観政要』巻三より
🧭 心得
人の命を断つ判断には、最大限の慎重さと公正が求められる。
太宗は、「死んだ者は生き返らない」として、死刑の判決には寛大さと簡素さをもって臨むべきだと語った。成績評価を気にして厳罰に走りがちな司法官の姿勢を戒め、善良で公正な裁判官を登用し、適切な裁きをした者には報酬を与える制度を設けた。
さらに、死刑判決には中書省・門下省の高官、尚書省六部の長官、九寺の長官ら重臣の集団審議を義務付けた。
この制度によって、貞観四年までに死刑に処された者はわずか29人にとどまり、ほとんど死刑を執行しないほど慎重な司法制度が築かれた。
🏛 出典と原文
貞觀元年、太宗謂(たいそう)いて曰(いわ)く、
「死者(ししゃ)は再び生(い)くべからず。ゆえに法(ほう)を用(もち)いるには、務(つと)めて寬簡(かんかん)を本(もと)とすべし。
古人(こじん)は云(い)う、『棺を鬻(ひさ)ぐ者(もの)は、疫(えき)の流行(りゅうこう)を欲(ほっ)す。これは人を病(や)ましめんと欲すに非(あら)ず、棺(かん)の売(う)れんことを利(り)するのみ』と。
今(いま)の法司(ほうし)、一獄(いちごく)を覈理(かくり)するに、必(かなら)ず深刻(しんこく)を求(もと)め、其(そ)の考課(こうか)を得(え)んと欲(ほっ)す。今(いま)何(いか)なる法(ほう)を作(つく)れば、もって允(ただ)しきを得(う)るや」。
諫議大夫(かんぎたいふ)王珪(おうけい)曰、「但(た)だ公直(こうちょく)にして良善(りょうぜん)なる人を任(にん)じ、断獄(だんごく)允当(いんとう)なる者には、秩(ちつ)を増(ま)し金(きん)を賜(たま)う。すなわち奸偽(かんぎ)自(おのず)から息(や)むべし」。詔(みことのり)してこれに従(したが)う。
太宗また曰、「古(いにしえ)は断獄(だんごく)にあたりて、必(かなら)ず三槐(さんかい)・九棘(きゅうきょく)の官(かん)に於(お)いてす。今(いま)の三公(さんこう)・九卿(きゅうけい)はすなわち其(そ)の職(しょく)なり。今以後(いご)、大辟罪(たいへきざい)には、皆(みな)中書(ちゅうしょ)・門下(もんか)の四品以上(しひんいじょう)、並(なら)びに尚書(しょうしょ)六部(ろくぶ)・九卿(きゅうけい)に議(ぎ)せしめよ。かくのごとくすれば、庶(こいねが)はくは濫(らん)を免(まぬが)れん」。
是(ここ)に由(よ)り、貞觀四年に至(いた)るまで、断(た)つ死刑(しけい)、天下(てんか)に二十九人(にじゅうくにん)。幾(ほと)んど刑(けい)を措(お)くに致(いた)れり。
🗣 現代語訳(要約)
太宗は、「死刑は取り返しがつかない」として、慎重な審理と寛容な姿勢を求めた。王珪の提案で正直な司法官を登用し、成果主義に偏らない公正な制度を整備。さらに、死刑判決には高位の官僚が審議に加わる体制を築き、冤罪を防止した。その結果、死刑者数は大幅に抑制された。
📘 注釈
- 大辟罪(たいへきざい):死刑に相当する重大な罪。
- 九卿(きゅうけい):中央政府の主要官職の総称。
- 三公(さんこう):太尉・司徒・司空など、最高位の重臣職。
- 三槐・九棘(さんかい・きゅうきょく):古代における司法審理の象徴的表現。
- 刑を措く(けいをおく):刑罰を実際に執行しない状態、すなわち刑罰を最小限に抑える政治。
🔗 パーマリンク案(英語スラッグ)
no-death-without-debate
(主スラッグ)- 補足案:
life-deserves-justice
/weigh-each-death-with-care
/dignity-in-law
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