魯の哀公が、「弟子のうちで誰が最も学問を好んだか」と尋ねたとき、孔子はためらいなく顔回(がんかい)の名を挙げた。
顔回は、どんなに怒っても他人に当たり散らすことがなく、同じ過ちを繰り返すこともなかったという。まさに学問を心から愛し、日々の言動においてもその学びを実践していた人物だった。しかし彼は、若くして亡くなってしまった――孔子はその死を深く悼みながら、「彼ほどの学問好きはいまだかつていない」と惜しんだ。
ここで言う「学問」とは、単なる知識の習得ではない。怒りを内に収め、自己を律し、失敗を教訓とする姿勢そのものを指す。感情を他人にぶつけず、過ちを二度と繰り返さない――それこそが、真の学びであり、人格の磨き方なのだ。
ふりがな付き原文
哀公(あいこう)問(と)う。弟子(ていし)孰(たれ)か学(がく)を好(この)むと為(な)す。
孔子(こうし)対(こた)えて曰(いわ)く、顔回(がんかい)なる者有(あ)り、学(がく)を好(この)む。
怒(いか)りを遷(うつ)さず、過(あやま)ちを弐(ふたた)びせず。
不幸(ふこう)、短命(たんめい)にして死(し)せり。今(いま)や則(すなわ)ち亡(な)し。
未(いま)だ学(がく)を好(この)む者を聞(き)かざるなり。
注釈
- 顔回(がんかい):孔子の高弟。人格的にも学問的にも優れた人物。誠実さと謙虚さを兼ね備えていた。
- 怒りを遷さず(うつさず):自分の怒りを他人にぶつけない。感情の制御を重視。
- 過ちを弐びせず(ふたたびせず):一度犯した過ちは繰り返さない。自己反省と改善ができること。
- 短命(たんめい):早逝。顔回は四十一歳で死去したとされる。
- 今や則ち亡し:今はもう亡くなってしまった。孔子の惜別の念が込められている。
1. 原文
哀公問、弟子孰爲好學。孔子對曰、有顏回者、好學、不遷怒、不貳過。不幸短命死矣。今也則亡、未聞好學者也。
2. 書き下し文
哀公(あいこう)問(と)う、弟子(ていし)孰(た)れか学(がく)を好(この)むと為(な)すや。
孔子(こうし)対(こた)えて曰(いわ)く、顔回(がんかい)なる者有(あ)り、学(まな)ぶを好(この)む。
怒(いか)りを遷(うつ)さず、過(あやま)ちを貳(ふたた)びせず。
不幸(ふこう)にして短命(たんめい)に死(し)せり。
今(いま)や則(すなわ)ち亡(な)し。未(いま)だ学(まな)ぶを好(この)む者(もの)を聞(き)かざるなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 哀公問う、弟子孰れか学を好むと為すや。
→ 哀公が尋ねた。「弟子の中で、誰が学問を好んでいたのか?」 - 孔子対えて曰く、顔回なる者あり、学を好む。
→ 孔子は答えて言った。「顔回という者がいた。彼は学ぶことを何よりも好んだ。」 - 怒りを遷さず、過ちを貳びせず。
→ 「怒りを他人にぶつけることもなく、過ちを二度と繰り返すこともなかった。」 - 不幸にして短命にして死せり。
→ 「しかし不幸にも、短命で亡くなってしまった。」 - 今や則ち亡し。未だ学を好む者を聞かざるなり。
→ 「今ではもう(そのような人は)いない。私は学ぶことを本当に好む者を、今はもう聞いていない。」
4. 用語解説
- 哀公(あいこう):魯の国君。孔子に多くの質問をしたとされる。
- 顔回(がんかい):孔子の最も高弟。人格的にも優れ、「仁」にもっとも近づいた人物。
- 遷怒(せんど):怒りを本来の対象ではない他者に向けること。
- 貳過(じか):同じ過ちを二度繰り返すこと。
- 短命(たんめい):寿命が短いこと。顔回は30歳前後で死去したとされる。
- 未聞(みぶん):「未だ聞かざるなり」は、「そのような人物に出会っていない」「聞いたことがない」の意。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
魯の哀公が孔子に尋ねた。
「あなたの弟子の中で、誰が最も学問を愛したのか?」
孔子はこう答えた。
「顔回という者がいた。彼は学ぶことを心から愛していた。
他人に怒りをぶつけることもなく、過ちを繰り返すこともなかった。
しかし、彼は不運にも若くして亡くなってしまった。
今となっては、そのような人物はもういない。
本当に学問を愛する者には、今はまだ出会っていないのだ。」
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「学ぶ姿勢」と「人間性の理想」**を兼ね備えた人物像として、顔回を孔子が深く称賛した言葉です。
- 学を好むとは、ただ知識を得ることではなく、人格を高め、自分を律し続けること。
- 顔回のように「怒りを他人に向けず、同じ失敗を繰り返さない」姿勢こそ、学問が内面に根付いている証。
- 孔子は顔回を「理想の学び人」として懐かしみつつ、それに匹敵する人物が現れないことを嘆いています。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 「本当に“学ぶ”とは、人間性を磨くことである」
- 表層的なスキルアップにとどまらず、内面において“怒りをコントロール”し、“過ちから学び取り、繰り返さない”姿勢が真の学び。
- 知識よりも、反応の仕方や行動の改善が、学びの質を表す。
● 「“短命の賢者”の嘆きに学ぶ:時間は有限、成長は日々の積み重ね」
- 顔回が若くして亡くなったことを孔子が惜しんでいるように、成長できる時間には限りがある。今この瞬間に学ぶ姿勢が問われている。
● 「怒りの転嫁をしない」「同じミスを繰り返さない」──信頼を生む仕事人の基本
- 怒りをチームメンバーにぶつける人材は信頼されない。
- ミスを学びに変え、再発を防ぐ姿勢が、リーダーとしての素養を決定づける。
8. ビジネス用の心得タイトル付き
「学びとは、怒りを制し、過ちを正す力──顔回に学ぶ、成長の本質」
この章句は、**「本物の学び手とはどうあるべきか」**という問いに対する、孔子の厳しくも温かい答えです。
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