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新商品と新市場

新商品や新事業を開発する際は、「易から難へ」という原則に基づいて進めるのが効率的だ。進むべきステップを難易度の低い順に並べると、以下のようになる。

  1. 現在の市場に新しい商品を投入する。
  2. 既存の商品を持って新しい市場に進出する。
  3. 新商品を開発し、新たな市場に参入する。

それぞれの段階について、順を追って詳しく見ていこう。

  1. 現在の市場に新商品を投入する

これは、収益を迅速に確保するための最も現実的な手段だ。既存の市場を活用するため、新たに市場を開拓する手間が省ける上、販売費用の増加も最小限に抑えられる。結果として、効率的に収益を増やすことが可能となる。

重要なのは、新商品を必ずしも独自に開発する必要はないという点だ。すでに市場に存在し、自社ではまだ取り扱っていない商品を選び、それをラインアップに加えるだけでも十分だ。このアプローチも立派な新事業として捉えるべきだ。新しいものばかりを追い求めるのではなく、まずは今の市場の可能性を最大限に活用することが重要だ。

N社は反物のカタログ販売を行っていた。京都を本社とする地の利を活かし、日本全国にカタログを配布。そのカタログを手に取った消費者は、まず京都という土地の魅力に惹きつけられる。注文が入ると、京都本社から直接商品を発送する仕組みで、これが消費者の満足感を大いに高め、高収益を実現していた。

N社はさらなる成長を目指し、この市場に投入する商品を次々と増やしていく。おしゃれ羽織を皮切りに、装身具や宝石類といった商品にラインアップを拡大。その結果、最終的には百貨店を凌ぐ一万六千点もの商品を取り扱うまでに至った。

しかし、ここまでの拡大は管理の限界を超える無理があったと言える。やりすぎた結果、効率性やサービス品質に支障をきたす状況が生まれた可能性がある。

ここまで拡大が進むと、多額の在庫資金が必要となり、売れ残りのデッドストックや商品の陳腐化といった問題が増大する。その一方で、品揃えが過剰になることで、逆に品切れが発生するケースも出てくる。このような状況では、顧客に十分なサービスを提供することが難しくなる。

あらゆる事業には、自ずと限界が存在する。その限界を見極めずに踏み越えれば、収益を上げるどころか、事業全体のバランスが崩れ、顧客満足度やブランドの信頼性を損なう結果を招きかねない。限界を認識し、その枠内で効率的かつ持続可能な運営を行うことが、事業成功の鍵となる。

限界を踏み越えないためには、品目の増加は慎重に段階を踏んで進める必要がある。一度に大幅に拡大するのではなく、一段階ごとに進捗を見守り、自社の収益向上に寄与しているか、そして管理や運営にまだ余力があるかをしっかりと検証することが重要だ。

このプロセスを怠れば、N社のように、拡大が過剰になり管理が行き届かなくなる事態に陥る危険がある。段階的に進めることで、成長を持続可能な形で維持し、顧客満足度と収益性を両立させることが可能となる。焦らず堅実に進めることが、事業の安定と発展につながる。

同一市場で商品の品種を増やしていくことは「多品種化」と呼ばれる。この戦略を進める際に最も重要なのは、顧客の要求のどの部分を的確に満たすのかを見極めることだ。

単に品目を増やせばよいというわけではない。多品種化の目的は、顧客が求める価値を的確に提供し、満足度を高めることであり、そのためには市場のニーズを深く理解し、商品の選定を慎重に行う必要がある。的外れな商品を追加すれば、在庫負担が増えるだけでなく、顧客の期待に応えられずブランド価値を損なうリスクもある。

多品種化はあくまで顧客満足度を向上させ、収益を安定させる手段であることを忘れてはならない。目的を見失わず、計画的に進めることが成功の鍵となる。

消費財であれば、顧客層、用途、プライスゾーンといった軸が重要な焦点となる。一方、生産財や業務用品では、機能や容量といった具体的な特性が選定の基準となるだろう。いずれの場合も、明確なターゲットや目的を設定し、焦点を絞ることが不可欠だ。

焦点が定まらないまま「あれもこれも」と手を広げると、結果的にどのニーズにも十分に応えられない中途半端な品種構成に陥る。これでは顧客の期待を裏切り、在庫や運営の負担だけが増える結果となる。

多品種化を進める際は、顧客の具体的な要求に基づいて選択と集中を行い、効率的かつ効果的な品種構成を作ることが、成功への鍵となる。

焦点を欠いたまま多品種を抱え込むと、管理が行き届かなくなり、最悪の場合、企業イメージを損なう事態に発展する。だからこそ、品種拡大は慎重に進めるべきだ。特に、目先のコストダウンや売上増加に惹かれて、不用意に低品質な商品をラインアップに加えることは避けなければならない。

安物を取り扱うことで一時的な売上増が見込めたとしても、顧客の信頼を失えば、結果的に事業全体が大きな損失を被る。品質を犠牲にして短期的な利益を追うのではなく、長期的なブランド価値の向上を優先する判断が求められる。慎重な商品選定こそが、持続可能な成長の基盤となる。

  1. 現在の商品をひっさげて新市場に進出する

この戦略では、商品や技術に新規性は求められない。必要となるのは、販売面での新たな努力だけだ。現在の事業が順調であることを前提とし、その勢いを活かして新しい市場へと積極的に進出する形となる。

既存の商品であれば、製品の特性や販売ノウハウはすでに確立されているため、新市場での導入も比較的スムーズに進む可能性が高い。ただし、新たな市場では顧客層や競合環境が異なるため、それに合わせた販売戦略の調整が不可欠だ。

このアプローチのメリットは、リスクを抑えながら新しい収益源を開拓できる点にある。既存の強みを最大限に活用しつつ、新市場での成功に向けた準備と努力を怠らないことが重要だ。

K社の主力商品である土産用商品は、これまでK社チェーン店限定で販売されていた。その商品が非常によく売れていたため、K社長は新たに土産物問屋を通じた流通チャンネルに乗せる決断を下した。この戦略は見事に成功した。

成功の要因は、慎重に問屋を選定した点にある。適切な流通パートナーを選んだことで、商品自体の持つ魅力や力を最大限に引き出すことができたのだ。商品力が発揮されれば、新たな市場でも顧客の支持を得やすくなる。流通チャンネルの拡大において、このように慎重かつ計画的なアプローチを取ることが、成功への重要な鍵となる。

この例は、事業の充実や発展を目的とした新市場進出の成功例だが、中にはこれとは異なり、充実や発展ではなく、自社の事業を守るために新市場への進出を迫られる危険な会社も存在する。

そうした危険な会社とは、特定の業界や顧客層に極端に依存している企業のことだ。特定業界に対する売上比率が圧倒的に高い場合、その業界や顧客の状況が悪化したときに企業全体が深刻な打撃を受けるリスクが大きい。こうした脆弱性を抱えた企業は、リスク分散のために新市場への進出を検討せざるを得ない状況に追い込まれることが少なくない。

新市場への進出は、収益を多様化し、外部環境の変化に対する耐性を高める重要な手段だ。しかし、この場合の進出は守りの側面が強いため、慎重かつ戦略的な計画が求められる。さもなければ、リスクを軽減するどころか、新たな問題を生み出す可能性もある。

D社の主力商品である継手は、多くの業界で需要があるにもかかわらず、主な販売先が造船業界に偏っていた。そのため、石油ショック後に造船業界が不振に陥った際、売上が急激に減少し、大きな影響を受けた。

一方、S社は繊維業界の広告事業にのみ依存していたため、業界特有の大きな季節変動に悩まされ、収益の安定を欠いていた。また、K社は家具業界向けの金具の販売に特化していたが、市場規模や価格競争の影響で低収益に苦しんでいた。

これらの事例は、特定業界への過度な依存がもたらすリスクを象徴している。事業を安定させるには、依存度の高い市場に頼りすぎず、需要のある他市場への進出や多角化を図ることが不可欠である。リスク分散の視点を持たなければ、外部環境の変化によって致命的な打撃を受ける可能性がある。

このような企業を生み出した背景には、高度成長期という温室のような環境があった。この時代、市場は拡大の一途をたどり、あらゆる業界にわたって需要が急増していた。そのため、たとえ多様な業界に需要のある商品であっても、特定の売りやすい業界や収益性の高い業界だけに注力していれば、特段の苦労をせずとも十分に事業を維持し成長させることができた。

結果として、多業界へのリスク分散や市場の組み合わせを考える必要性が薄れ、経営者たちは知らず知らずのうちに安易な選択を重ねるようになり、戦略的な思考や積極的な行動が欠如していった。高度成長という環境が、経営者に怠慢というリスクを潜在的に植え付けてしまったのだ。

しかし、こうした「温室」の時代は長続きしない。外部環境が変化したとき、この怠慢が企業を取り巻く大きなリスクとなり得ることを、過去の事例は物語っている。

他業界に進出する際に絶対に忘れてはならないのは、「従来の市場での占有率を下げないこと」である。占有率の確保は企業存続の基本条件であり、この点を疎かにするべきではない。

新しい業界に挑む場合は、十分な自信を持てるまで進出を延期するのが賢明だ。慎重な検討を重ね、この基本を決して忘れてはならない。

  1. 新商品を開発して新市場に乗り出す

これは極めて難易度が高い。新しい商品に加えて新しい市場への挑戦となるため、未知の要素が多いからだ。そのため、十分な調査と周到な準備が必要だと言われるが、実際には「何が十分か」「準備が周到か」は事前には分からない。結果から振り返れば、不十分な調査や準備の甘さが明らかになるのが常だ。

この問題は、誰が取り組んでも程度の差こそあれ避けられない。ではどうすべきか。それは、分からないことを認めた上で、一定のリスクを受け入れて進出に踏み切ることだ。完全な準備は存在しない以上、行動を起こさなければ次のステージに進むことはできない。

過去の経験を活かし、考えられる限りの準備を事前に行うことは重要だ。しかし、それでも未知の要素が残るのは避けられない。すべてを完全に把握しようとすれば、調査に終わりがなくなり、新事業は永久に始められないだろう。

重要なのは、未知の部分を認め、それを受け入れた上で一歩を踏み出す勇気だ。完璧を追い求めすぎることが、かえって挑戦を阻む要因になり得る。

ただし、新市場への進出は、最初は勉強のつもりで小規模に始めるべきだ。初期の三年間は収益を優先せず、経験を積む期間と割り切る覚悟が必要だ。この三年間で得た知見を徹底的に検討し、その結果、不適切だと判断された市場は、躊躇せず撤収するべきである。これは、大きな損失を避け、リスクを最小限に抑えるための重要な判断だ。

もしも三年間の経験で市場が有望だと判断できれば、ここで本格的な計画を立てる必要がある。ただし、新商品を新市場で売るということは、「新参者」としての苦労を覚悟し、それを乗り越える意志を持って取り組むべきだ。最初からスムーズにいくことは稀であり、困難を受け入れる姿勢が成功への第一歩となる。

新商品や新市場に進出する際には、成功のために慎重なステップを踏むことが重要です。次のように段階的に考え、リスクを軽減しながら事業を拡大する方法が効果的です。

1. 現在の市場に新商品を投入する

  • まず既存の市場に、新たな商品を追加することは、収益を上げる最も手軽な方法です。このアプローチは、販売チャンネルや顧客基盤がすでに確立されているため、販売費が増えず、収益増加が期待できます。例えば、既存の商品ラインに関連する商品を追加することで、顧客のニーズをさらに満たし、販売の幅を広げることができます。
  • ただし、商品ラインの多様化には注意が必要で、品目を増やしすぎると在庫管理が難しくなり、利益を圧迫する可能性があります。N社の例のように段階的に追加し、収益に寄与しているかを慎重に見極めていくことが重要です。

2. 現在の商品で新市場に進出する

  • 商品はそのままで、新しい市場に進出するのはリスクの少ない方法です。この方法では、販売チャネルやターゲット顧客層を新たに開拓するだけで、製品開発にかかるコストを抑えられます。
  • 例えば、土産用の商品を別の流通チャネル(問屋)に投入することで新たな収益源を確保したK社のように、慎重に新市場を選びつつ、既存の商品が最大限の力を発揮できる場所に展開することが肝心です。
  • また、収益性や安定性のため、特定業界への依存度を下げることも重要です。造船業や家具業など特定の業界に売上の大半を依存していた企業は、業界不況の影響を受けるリスクが大きくなるため、リスク分散のためにも複数の業界に進出する必要があります。

3. 新商品を開発し新市場に乗り出す

  • 新商品を開発して新しい市場に参入することは、最も困難な挑戦です。製品の市場ニーズ、販売チャネル、競合状況を調査し、周到な準備が求められます。しかし、準備を重ねても、事前にはすべてのリスクを予見することは難しいため、不確実な要素はある程度受け入れる姿勢も必要です。
  • 初めは勉強のつもりで小規模に試行し、三年間ほど収益を二の次にしながら市場の反応や必要な改善点を見極めます。失敗した場合には、潔く撤退を決断することが、大きな損失を防ぐための鍵です。

まとめ

新規事業に取り組む際には、「やさしい順序」から進めることが、リスク管理と成長のための最善の戦略です。

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