M社長は、新商品の開発に次々と意欲を見せ、自ら手掛ける。しかし、それらの商品は性能こそ優れているものの、価格設定が適切でないために、売上が伸び悩むことが常だった。その結果を営業部門の努力不足だと一方的に断じるため、営業部門は困惑し、不満を抱えていた。M社長は自らのアイデアに没頭し、独善的な価格設定を行い、市場価格、つまり世間の相場感を認めようとしない姿勢を崩さない。
あるとき開発された新商品について、社長は驚くべき価格設定を主張した。市場価格が1,800円の商品に対し、「3,500円で売れ」というのである。その理由として、「従来の1,800円の商品はプラスチック製だが、うちのは鋳鉄製でまったく別物だ」と説明した。さらに、「変動費が1個あたり1,800円かかるが、粗利益率40%を確保し、その上で1個あたり500円の開発費を上乗せする」との計算を示した。こうして算出された価格が3,500円というわけだ。
開発費として見積もられた額は、人件費500万円、研究費750万円、合計1,250万円だという。性能が優れているとはいえ、市場価格のほぼ倍の設定では競争力を欠くのは明らかだ。その結果、発売から2年以上が経過しても、月にわずか50個から100個しか売れていない。このペースで売上が続くと、開発費を回収するだけでも以下のような計算になる。
開発費の回収期間を計算すると次のようになる。
回収期間(月)
= 開発費 ÷ (1個あたり粗利益 × 1ヶ月の売上数)
= 12,500千円 ÷ ((3,500円 – 1,800円)× 100)
= 12,500千円 ÷ 170千円
= 約73.5ヶ月
つまり、回収期間は73ヶ月余り、すなわち約6年を要する計算だ。これでは、事業としての採算性は著しく低いと言わざるを得ない。
さらに金利を考慮すると、以下の計算になる。
金利
= 開発費 × 年利 × 平均回収年数(6年 ÷ 2)
= 12,500千円 × 0.06 × 3
= 2,250千円
この金利分を追加すると、回収期間はさらに延びる。追加の期間を計算すると、
追加期間(月)
= 金利 ÷ (1個あたり粗利益 × 1ヶ月の売上数)
= 2,250千円 ÷ 170千円
= 約13.2ヶ月
したがって、当初の73.5ヶ月に約14ヶ月を加えると、回収期間は 87.5ヶ月(約7年余り) に達する。この長期的な回収期間では、事業の収益性がさらに疑問視される状況だ。
私はこの計算結果をM社長に示し、さらにプラスチック製に変更した場合の試算を提示した。実際、プラスチック製でも十分に使用に耐えうる性能を持つことが確認されている。鋳物を選択したのは、社長自身のこだわり――いわば「天動説」に過ぎないのだ。そうした背景を踏まえ、私はプラスチック製に切り替えることを強く提案した。
プラスチック製に変更した場合、1個あたりの変動費は1,400円に抑えられるとの見積もりが出た。さらに、営業部門の意見によれば、性能が優れていることから、価格を2,000円に設定すれば年間2万個の販売が見込めるという。これは、現状の鋳物製品と比較して大幅な販売増加を期待できる数字である。
価格を1,960円に設定した場合の試算を行った結果、以下のような計算となった。
回収期間(年)
= 開発費 ÷ (1個あたり粗利益 × 年間販売個数)
= 12,500千円 ÷ ((1,960円 – 1,400円)× 20,000)
= 12,500千円 ÷ 11,200千円
= 約1.12年
つまり、回収期間は 1年1ヶ月 となる。さらに、金利を考慮した場合でも追加の1ヶ月を加え、1年2ヶ月 で回収可能となる計算だ。この結果は、従来の鋳物製品に比べて格段に収益性が高いことを示している。
私はM社長に次のように説明した。「どれほど優れた商品であっても、価格が高すぎてお客様が手に取らなければ意味がない。開発費を1個あたりに割り当てて価格設定するのは間違いだ。開発費は、あくまで『売れる価格』で販売した場合の利益から回収すべきものだ」という考え方を丁寧に伝えた。
この説明の結果、M社長もようやく納得し、プラスチック製品への変更と適正な価格設定を承諾した。そして、その結果は予想以上に良好だった。ほぼ計画通りの売上が実現し、事業は順調に進んだのである。
M社の新商品開発費の回収方法についての課題は、価格設定に関する社長の判断と市場価格への理解の欠如が原因でした。
新商品が優れた性能を持っていたとしても、価格が市場相場のほぼ倍であれば、販売に苦戦するのは当然です。
このケースでは、次のようなポイントが重要でした。
- 開発費の回収方法:
- 開発費を直接価格に反映して一個当りに割り付けるという考え方では、消費者が高い価格に反応し、売上が低迷します。
- 開発費は、売れる価格で設定し、そこから生まれる利益を通じて回収するという視点が求められます。
- 価格設定の見直し:
- 市場価格と競合品の価格を考慮し、顧客が手を伸ばしやすい価格帯を設定することが重要です。M社の場合、プラスチック製品に変更し、価格を2,000円以下にすることで、性能を保ちつつ競争力を高めました。
- 資材の見直し:
- 鋳鉄製ではなくプラスチック製にすることで、製品の性能を大きく損なわずに、変動費を1,400円に抑えました。この調整により、販売価格を1,960円に設定することが可能となり、販売個数も年間2万個と大幅に増加する見込みが立ちました。
- 利益による回収:
- プラスチック製にして価格を見直したことで、売上が増加し、開発費の回収期間が大幅に短縮されました。初期の計画では7年以上かかると見込まれていた回収期間が、1年2カ月で達成できる見込みとなり、結果的に販売実績も好調でした。
このように、開発費の回収を考える際には、価格設定が市場での受容性に合っているかを検討し、売上と利益のバランスを最適化することが、収益性向上への重要な鍵となります。
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