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小企業が全国的な販売網を持っても

R社は四国地方のK県に拠点を置く、従業員約130名のパッケージ食品メーカーだ。損益分岐点が月商3000万円に設定されているにもかかわらず、実績は2000万円にとどまっている。「売れないのではなく、売らないのだ」というスローガンを掲げて懸命に努力を続けてきたものの、売上はここ数年横ばいが続き、最近ではじわじわと下降傾向にある状況だ。

数年前、特徴的な新商品を発売して一時的にヒットを記録したことがあった。だが、その成功も束の間、大手業者に模倣され、瞬く間に売上を奪われてしまった。まさに「モルモット」と言うべき状況だ。これこそ、限界生産者が抱える悲哀を如実に物語っている。

R社の販売網は、大手商社であるM商事を総代理店とする形で全国展開されていた(これが誤りである理由については「販売戦略編」で述べた通りだ)。この方式は、一見効率的に思えるものの、実際には深刻な問題を孕んでいた。

営業所と人員の配置は、本社に4名、仙台に1名、東京に4名、名古屋に2名、大阪に6名、広島に1名、福岡に2名という構成だった。市場規模が月に約10億円ある中で、R社の市場占有率はわずか2%。これはまさに限界生産者そのものを象徴する状況だった。

限界生産者であるR社が、全国に営業拠点を構えているのが実情だ。しかし、どの地域においても状況は変わらず、すべての地域で限界生産者の立場に甘んじている。そのため、市場占有率を高めるような積極的な活動は事実上不可能だった。例えば東京営業所の場合、都内の主要市場にはほとんど入り込む余地がなく、地方を回るいわゆる「ドサ廻り」で、わずかな売上をようやく確保しているにすぎなかった。

R社の流通経路は、総代理店が名ばかりの存在であるにしても、その下の地域代理店を経由せざるを得ない仕組みだった。さらに、地域代理店から二次問屋、場合によっては三次問屋を通過して、ようやく小売店に商品が届くという複雑さだった。この多段階の流通構造により流通マージンが膨らみ、結果としてR社は低収益を受け入れざるを得ない状況に追い込まれていた。

セールスマンたちは、地域代理店がまったく力を入れてくれないと嘆き(当然のことだ)、現在では二次問屋への訪問に注力していた。しかし、小売店への訪問は「ゼロ」という状態だった。R社のこの営業スタイルは、完全に大企業のそれと同じ発想に基づいている。小規模企業が大企業の真似をするのは根本的に誤りであり、その限界が露呈していたと言える。

私はR社長に訴えた。販売には「占有率」という市場原理が存在することを。市場で生き残るには「必要占有率」を確保することが不可欠であり、それができない業者は「限界生産者」と呼ばれる運命にあるということを。そして、現状のR社がまさにその限界生産者に他ならないことを伝えた。限界生産者がたどる道はただ一つ、消え去ることだけだという厳しい現実を、あえて言葉にした。

そして私はこう説いた。小企業が生き残るために必要な占有率を確保するには、自社の規模や力に見合った範囲で地域を絞り込み、その地域で販売努力を集中させることが不可欠だと。R社のセールスマンは20名おり、規模を考えれば決して少ない人員ではない。にもかかわらず、全国に分散配置してしまっているため、各地域で戦力が大幅に不足し、結果としてどの地域でも必要な占有率を獲得できていない。それが現状の最大の問題点だと指摘した。

R社が最優先で取り組むべき課題は、戦力の集中だ。具体的には、地元である四国と、近畿地方にリソースを集約する必要がある。そのために、営業所を本社と大阪の二拠点に絞る。本社の人員4名はそのまま維持し、大阪には16名を配置する。これにより、大阪の外回り営業は現在の5名から一気に15名へと増員され、戦力は実質的に3倍に強化されることになる。この体制変更が、占有率の向上に向けた第一歩となる。

次に、総代理店制を廃止する。M商事にとってR社の存在は取るに足らないものであることは明白であり、こちらからの申し入れを受け入れる可能性は高いと判断した。そして予想通り、総代理店制の廃止は円滑に進んだ。これを契機に、新たな構想のもとで流通経路の短縮と問屋の再編成を実施することにした。これにより、これまでの複雑で非効率な多段階流通を排除し、収益性の向上を目指したのである。

私はR社長にこう説明した。「営業所を本社と大阪の二拠点に絞ることは、販路を縮小するのではなく、戦力を集中させる戦略です。これまで分散していた限られた人員を効果的に活用し、特定の地域で必要占有率を確保するのが目的です。全国に手を広げて、どの地域でも結果を出せない状態を続ければ、いずれ売上は今以上に落ちてしまうでしょう。重要なのは、『広く薄く』ではなく、『狭く深く』市場に入り込むことです」と。

さらに、「蛇口作戦についても誤解があります。確かに近畿と四国地方には数千軒の小売店がありますが、そのすべてを訪問する必要はありません。ターゲットとなる有力な小売店を厳選し、重点的にアプローチするのです。小人数のセールスマンであっても、訪問する店舗を絞り込み、効率的な営業活動を展開すれば十分に対応可能です。人数ではなく、戦略と集中力の問題です」と強調した。

「結果を出すためには、これまでのやり方を根本から見直す必要があります。限界生産者を脱却するためには、現状を維持するのではなく、大胆な変革が必要です」と締めくくった。

しかし、総代理店制の廃止以外については、R社長は私の勧告に頑として耳を貸さなかった。営業所の統廃合や蛇口作戦の実行といった提案は、すべて拒絶された。現状維持に固執する姿勢に、私の言葉は届かなかったのである。このような状況に直面するたび、自分の力不足を痛感せざるを得ない。いくら理論や戦略を語っても、それを実行に移す決断力を相手に促す力が、まだ私には足りないのだ。

R社長の考え方は、実は非常に一般的なものだ。「売上を増やすためには、できるだけ広範囲に販売活動を展開しなければならない」という信念に基づいている。どこか営業活動を行っていない地域があると、それが気になり、まるで機会損失をしているかのように感じてしまうのだ。

しかし、この発想が根本的に誤っている。販売戦略において重要なのは、広さではなく深さである。限られたリソースを分散させることで、どの地域でも力を発揮できなくなり、結果として必要な占有率を確保できない。これは限界生産者が陥りやすい典型的な罠だ。R社長のような考え方を変えるのは難しいが、それを打破しなければ状況の改善は期待できない。

以前、たった20人規模の会社で、セールスマンがわずか2人しかいないのに、北海道から九州まで得意先を抱えているという事例に出会ったことがある。この会社の占有率はあまりにも小さく、数字として意味をなさないレベルだった。平均月商は2000万円にも届かず、それでも北海道、広島、九州をそれぞれ月に一度出張して回っていた。

しかし、それらの地域の月商はいずれも20万円程度に過ぎず、出張旅費すらまかなえない状況だった。このような非効率な営業活動は、会社のリソースを浪費するだけであり、利益を生むどころか、むしろ経営を圧迫していた。小さな企業が無理に全国展開を目指した結果の典型的な失敗例と言えるだろう。

なぜこれほど多くの社長が「薄く広く」の戦略に固執するのだろうか。実際には「薄く」という概念は念頭になく、ただ「広く」営業所を配置し、全国各地に得意先を持つことが販売促進の有効な手段だと思い込んでいるのだ。全国規模で展開しているという見た目のスケール感が、経営者に一種の安心感や成功の幻想を与えているのだろう。

しかし、この発想では、売上の増加は永久に望めない。むしろ、リソースが分散され、市場での存在感が薄れ、やがては倒産への道を進むことになる。「薄く広く」は見た目こそ立派だが、実際には会社の力を削ぎ、弱体化させるだけの危険な戦略なのである。限られたリソースを集中させることこそが、小規模企業にとって生き残りと成長の鍵であることを理解しなければならない。

企業は、その規模が大きかろうと小さかろうと、それぞれに応じた販売の伸ばし方がある。重要なのは、自社の規模と実力を正確に理解し、それに見合った市場戦略を立てることだ。無理に大きな会社の真似をして広範囲に手を広げるのではなく、自社の強みを活かし、限られた資源を効率的に使って市場に正しい活動を仕掛けることこそが、業績向上への唯一の道だ。

特に小規模企業の場合、規模の制約を嘆くのではなく、その柔軟性や機動力を活かしてニッチ市場や特定地域で確実なシェアをつかむべきだ。自社に適した戦略を選び、確実に実行してこそ、継続的な成長が期待できるのである。

この原理は「市場原理」と呼ばれるものだ。この市場原理を基盤にして、自社が市場と顧客に対してどのような活動を展開すべきかを明確に定める必要がある。それが「市場戦略」だ。

正しい市場戦略を持つ企業は、確実に成長と発展を遂げる。一方で、誤った市場戦略は、たとえ一時的にうまくいったとしても、いずれ企業を破綻へと追い込む。市場戦略は単なる理論や計画ではなく、自社の現実を直視し、市場原理に則った持続可能な行動指針でなければならない。企業の未来を左右する鍵は、ここにあると言える。

小企業が広範囲な全国販売網を持つことは、現実には多くの弊害を生み、企業の存続や成長を脅かす可能性が高いです。R社の例では、限られたセールスマンの戦力を全国に分散させることで、各地域での市場占有率が極めて低くなり、どの地域でも必要なシェアを確保できていない状態に陥っています。このような戦力の分散は、全国に拠点を持つ大企業の真似をしても小企業には不利に働くばかりです。

小企業が取るべき戦略と市場原理の重要性

  1. 戦力の集中:
  • 小企業は、自社の限られた資源を広範囲に分散させるのではなく、特定の地域に集中するべきです。R社の場合、四国と近畿地方に戦力を集約し、地域内での占有率を高めることが求められます。これにより、同じセールスマン数でも、集中したエリア内での効果的な営業活動が可能になります。
  1. 市場原理の理解:
  • 市場原理に従い、限界生産者として消えないためには、一定の占有率が必要です。小企業が無理に全国展開をしても、資源が分散されてシェアが増えず、逆に経費が増え収益が圧迫されるだけです。まずは地元で確実なシェアを築き、強い基盤をつくることが先決です。
  1. 流通経路の最適化:
  • R社のように代理店や問屋を多重に通す複雑な流通経路では、流通マージンが高く収益率が低くなります。小企業においては、流通経路の短縮や問屋の再編成など、できるだけ効率的なルートで消費者に近づくことが大切です。
  1. 地域に根ざした蛇口作戦:
  • 地域の小売店に対して、直接訪問による「蛇口作戦」を実施することで、小売店の協力を得て販路を拡大します。限られたエリア内であれば、数千軒ある小売店も組織的に回ることが可能です。
  1. 「広く」ではなく「深く」:
  • 小企業においては、「広く展開」するのではなく、特定のエリアに「深く根ざす」ことが肝心です。得意先が広域に散らばっていても収益につながりにくく、逆に限られたエリアでの集中した販促活動が、確実な売上を生む土壌となります。

まとめ

小企業の成長には、企業の規模や資源を踏まえた市場戦略が必要です。特定の地域に資源を集中し、地域密着型の戦略で占有率を高めることこそが、小企業が競争力を持ち続けるための基本であり、全国に広がりだけを持とうとすることは大きなリスクを伴います。

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