普段から粗食に満足している人は、心が氷のように清らかで、玉のように潔い。
それに対して、美食や贅沢ばかりを求める人は、
やがて権力者や地位ある者に媚びへつらい、自分を安売りするようになる。
人の志は、淡泊で節度ある生活によってこそ輝きを放ち、
逆に節操や気概は、過度なぜいたくの中で失われていくのだ。
飾らない日常の中にこそ、人格は磨かれる。
「藜口莧腸(れいこうけんちょう)の者(もの)は、氷清玉潔(ひょうせいぎょくけつ)多(おお)く、
衮衣玉食(こんいぎょくしょく)の者は、婢膝奴顔(ひしつどがん)を甘(あま)んず。
蓋(けだ)し、志(こころざし)は澹泊(たんぱく)を以(もっ)て明(あき)らかに、
而(しか)して節(せつ)は肥甘(ひかん)よりして喪(うしな)うなり。」
注釈:
- 藜口莧腸(れいこうけんちょう)…野草などを使った粗末な食事。質素な生活を象徴する表現。
- 氷清玉潔(ひょうせいぎょくけつ)…氷のように清らかで、玉のようにけがれない心。人格の純粋さを表す。
- 衮衣玉食(こんいぎょくしょく)…天子の礼服と豪華な食事。贅沢で地位のある生活。
- 婢膝奴顔(ひしつどがん)…卑屈な態度を指す言葉。へりくだり、こびるさま。
- 澹泊(たんぱく)…淡々として欲のないこと。清く控えめな態度。
- 肥甘(ひかん)…ぜいたくな飲食。欲にまみれた暮らしの象徴。
1. 原文:
藜口莧腸者、多氷清玉潔。
衮衣玉食者、甘婢膝奴顔。
蓋志以澹泊明、而節從肥甘喪也。
2. 書き下し文:
藜口莧腸(れいこうけんちょう)の者は、氷清玉潔(ひょうせいぎょくけつ)多く、
衮衣玉食(こんいぎょくしょく)の者は、婢膝奴顔(ひしつどがん)を甘んず。
蓋(けだ)し、志は澹泊(たんぱく)を以て明らかにし、而(しか)して節は肥甘(ひかん)よりして喪(うしな)うなり。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「藜口莧腸の者は、氷清玉潔多く」
→ 粗食に甘んじるような人には、心の清らかさや高潔さを備えた者が多い。 - 「衮衣玉食の者は、婢膝奴顔を甘んず」
→ 豪華な衣服をまとい贅沢な食事をするような人は、下僕のように人に媚びへつらうことを当然のように受け入れている。 - 「蓋し、志は澹泊を以て明らかにし、而して節は肥甘よりして喪うなり」
→ そもそも、人の志は淡泊な暮らしの中でこそ明らかになり、節操は贅沢な暮らしの中でこそ失われていくのだ。
4. 用語解説:
- 藜口莧腸(れいこうけんちょう):アカザやアオイなどの粗末な野菜を食べること。貧しく質素な食生活の象徴。
- 氷清玉潔(ひょうせいぎょくけつ):氷のように清く、玉のように潔い。非常に高潔な人格のたとえ。
- 衮衣玉食(こんいぎょくしょく):豪華な衣服と贅沢な食事。高位高官の生活を表す。
- 婢膝奴顔(ひしつどがん):召使いのように膝をつき、奴隷のような顔つきで媚びること。
- 澹泊(たんぱく):淡々としていて欲望が少ないこと。物欲や執着のない質素な生活態度。
- 肥甘(ひかん):脂っこく甘い食物。転じて贅沢な暮らし。
5. 全体の現代語訳(まとめ):
粗食をとり質素な暮らしをしている人の中には、心が清らかで高潔な人物が多い。
それに対して、贅沢な暮らしをしている者は、平気で人に媚びへつらい、自尊心を失ってしまうことが多い。
本来、人の志は淡泊な生活の中ではっきりとし、節度や品格は贅沢な暮らしによって損なわれていくものなのだ。
6. 解釈と現代的意義:
この章句は、**「生活の質素さと精神の高潔さ」**の関係を説いています。
豊かさや贅沢は一見魅力的に見えますが、人の志や節操を鈍らせる毒でもあることを警告しています。
一方で、欲の少ない暮らしは、心を静かに保ち、自分の志や信念に向き合いやすい環境でもあります。
このような視点は、「内面の豊かさ」と「外的な華やかさ」のどちらを優先するかという価値観の問いかけとも言えるでしょう。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き):
- 「質素さが人格を磨く」
過度な報酬や贅沢な待遇に囲まれた職場環境では、謙虚さや誠実さが損なわれやすい。
一方、質素でも信念をもって働く環境は、誠実な人材と強い組織文化を育てる。 - 「贅沢は志を曇らせる」
高い地位や高報酬を得ると、他人に媚びたり、己を曲げたりする場面が増える。
リーダーほど、慎み深さを保ち、誘惑に流されない精神力が必要。 - 「本質は“淡泊”の中にある」
表面的な成功(高収益・豪華なオフィス)よりも、「何のために働くか」「どう生きるか」という志が問われる時代。
企業文化も、華美な演出より、淡々と誠実に価値を届ける姿勢が評価される。
8. ビジネス用の心得タイトル:
「質素にして高潔、贅沢にして節喪う──志は淡泊に宿る」
この章句は、地位や財に惑わされず、自分の志と節操を保ち続ける人物像を私たちに教えてくれます。
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