私たちの心には、常に魔のように誘惑し、乱そうとする存在がある。
その魔を打ち倒したいなら、まずは外の何者でもなく、
自分自身の心を制することが肝要である。
心が服する――すなわち自己の内面が静まり、納得し、落ち着いたとき、
外からのあらゆる悪意や誘惑は力を失い、自分の前に従うようになる。
また、他者からの横暴や攻撃から自分を守りたいなら、
まずは自分の「気」、すなわち怒りや焦りの感情を鎮め、
平静でいられるように努めるべきである。
気が整っていれば、どんな横暴も、自分を傷つけることはできない。
人を制するより、自分を制する者が、最も強いのだ。
「魔(ま)を降(くだ)す者(もの)は、先(ま)ず自心(じしん)を降(くだ)せ。
心(こころ)伏(ふく)すれば則(すなわ)ち群魔(ぐんま)は退(しりぞ)きて聴(したが)う。
横(おう)を馭(ぎょ)する者は、先ず此(こ)の気(き)を馭せ。
気(き)平(たい)らかなれば、則ち外横(がいおう)は侵(おか)さず。」
注釈:
- 自心を降せ(じしんをくだせ)…自分自身の心に打ち勝つ。煩悩や迷いを克服すること。
- 群魔(ぐんま)…欲望、怒り、嫉妬などの心の乱れや、それに類する外的な悪影響。
- 横(おう)…横暴、不当な干渉や攻撃。
- 気を馭せ(きをぎょせ)…自分の感情や気力をコントロールする。
- 外横(がいおう)…他人や外部からの横暴な力や圧力。
1. 原文
降魔者、先降自心。心伏則群魔退聽。
馭橫者、先馭此氣。氣平則外橫不侵。
2. 書き下し文
魔を降す者は、先ず自心を降すべし。心伏すれば、則ち群魔は退きて聴く。
横を馭する者は、先ず此の気を馭すべし。気平らかなれば、則ち外の横は侵さず。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「魔を降す者は、先ず自心を降すべし」
→ 外の“魔”を制するには、まず自分自身の心を制しなければならない。 - 「心伏すれば、則ち群魔は退きて聴く」
→ 自らの心が静まり従えば、外のあらゆる魔(誘惑・混乱)も自然に退いて従うようになる。 - 「横を馭する者は、先ず此の気を馭すべし」
→ 暴力や理不尽を抑えたいのなら、まず自分自身の気(感情)をコントロールするべきである。 - 「気平らかなれば、則ち外の横は侵さず」
→ 自らの内なる気が平穏であれば、外からの乱暴や挑発は入り込むことができない。
4. 用語解説
- 降魔(ごうま):魔を制圧すること。煩悩や欲望、外的な邪念などを抑える行為。
- 自心(じしん):自分自身の心。内なる思い・欲・怒りなどの働き。
- 群魔(ぐんま):多くの外的誘惑や混乱、煩悩や困難の象徴。
- 馭(ぎょ)する:御する、乗りこなす、コントロールする。
- 横(おう):暴力的・理不尽なもの。横暴・乱暴・怒りなどの象徴。
- 此氣(このき):自分の内にある気、感情、気力、エネルギー。
- 侵(おか)す:侵入する、乱す、害する。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
外からの誘惑や混乱(魔)を制したいなら、まずは自分の心を静めて制御しなければならない。自分の心が従えば、外の魔も自然に退く。
また、理不尽な力や感情を抑えたいときも、まずは自分の内なる気持ちを整えることが大切である。自分の感情が穏やかであれば、外の横暴は入り込むことができない。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「すべては内面から整えよ」という、仏教・道教・儒教に共通する内省の教えを示しています。
「魔」や「横暴」とは、実は外にあるのではなく、内なる心の乱れがそれを呼び寄せているという哲理です。
心がざわついていると、外のノイズや敵意に過敏になり、感情的に反応してしまいます。
逆に、自らの心を鎮めれば、外の荒波にも巻き込まれずに済むのです。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
● 外部環境に動じない“内的安定”が信頼をつくる
クレーム、トラブル、理不尽な要求など、ビジネスには「外魔」がつきもの。
しかし焦りや怒りで反応するのではなく、まず自己を制すことで冷静に対応できる人材こそ、組織に安心をもたらします。
● チームマネジメントは「自制」から始まる
部下の暴言・衝突、チームの混乱など、外の「横暴」を鎮めるには、リーダー自身が気を穏やかに保つことが必要です。
自分の「怒り」や「苛立ち」を鎮めてこそ、言葉が届き、場が整います。
● “感情を乗りこなす力”が現代のリーダーの条件
知識や戦略よりも、怒り・不安・優越感といった内なる気をどう馭するかが、組織運営の鍵となります。
それができれば、外からの混乱に巻き込まれず、判断ミスも減ります。
8. ビジネス用の心得タイトル
「敵は外にあらず──内なる“気”を制する者が真に強い」
この章句は、感情マネジメントと自己制御の極意を簡潔に説く、現代ビジネスにおいても非常に実践的な内容です。
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