貞観十二年、太宗は**蒲州(ほしゅう)**へ行幸した際、隋の旧臣・**堯君素(ぎょうくんそ)**の忠節を偲び、詔を発した。
堯君素は、隋の煬帝の時代に「鷹撃郎将(おうげきろうしょう)」という親衛の将官として仕え、要地である**河東地方(現在の山西省西南部)**の守備を任されていた。
唐の高祖李淵が長安に入って唐を建てた後も、堯君素は隋への忠誠を貫き、最後まで降伏しなかった。
太宗はこれを称えて、こう語った。
「たとえ無道の君主に仕えていたとしても、臣下たる者はその節義を守るべきであり、
味方を裏切るような転向は慎まねばならない。
だが実際には、乱世や苦境においてこそ、その忠義の真価が試されるものである」
その上で太宗は、「この地を訪れて彼の忠節を思い出した今、特別な恩命をもって、忠義を励まし称えるべきである」と述べ、堯君素に蒲州刺史の地位を追贈し、子孫の消息を調査して報告するよう命じた。
引用(ふりがな付き)
「疾風(しっぷう)に勁草(けいそう)を知(し)り、倒戈(とうか)を志(こころざ)すに乖(そむ)く」
「桀(けつ)の犬(いぬ)、堯(ぎょう)に吠(ほ)ゆと雖(いえど)も、忠義の臣は節(せつ)を守る」
「爰(ここ)に境(さかい)を踐(ふ)み、往事(おうじ)を懐(おも)う」
注釈
- 堯君素(ぎょう・くんそ):隋末の将。唐への降伏を拒んで蒲州を守り、最終的に住民に殺されたが、忠義を貫いた人物。
- 鷹撃郎将(おうげきろうしょう):隋の親衛軍の将軍職であり、帝に極めて近い位置で仕える高位武官。
- 蒲州(ほしゅう):現在の山西省南部。黄河沿岸に位置する軍事・交通の要地で、戦略的に重要な地域。
- 刺史(しし):一州の行政・軍事を統括する長官。追贈とは、生前の功績を称えて死後に名誉職を授けること。
パーマリンク(英語スラッグ)
loyalty-tested-in-hardship
「忠義は逆境で試される」という章の核心を簡潔に示したスラッグです。
代案として、virtue-in-adversity
(逆境における美徳)、honoring-loyalty-after-death
(死後に忠義を顕彰する)なども提案可能です。
この章は、「忠義は平時にではなく、国家が乱れ、命が脅かされるような非常時にこそ発揮されるものである」という太宗の政治哲学を象徴する一節です。
たとえ仕えた君主が理想から遠かったとしても、恩を受けた者としての筋を通した堯君素の精神は、時代を超えて賞賛されるべきであると説いています。
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