孔子は、「鄙夫(ひふ)」――志が卑しく、人格が劣った者とは共に仕えるべきではないと強く戒めた。
そのような者は、仕事や立場に対して私利私欲の視点しか持っていない。
まだ地位を得ていなければ「どうやって得るか」ばかりを考え、
一度手に入れれば「どうやって失わないか」ばかりを案じる。
そして、地位を失うことを極端に恐れるあまり、手段を選ばず、あらゆる不正や卑劣な行動にも走るようになる。
このような人物と関われば、信頼も徳も失いかねない。
孔子の言葉は、人を見る目と、共に働く相手を選ぶことの重大さを教えている。
子(し)曰(のたま)わく、鄙夫(ひふ)は与(とも)に君(きみ)に事(つか)うべけんや。
其(そ)の未(いま)だ之(これ)を得(え)ざれば、之を得んことを患(うれ)う。
既(すで)に之を得れば、之を失(うしな)わんことを患う。
苟(いやしく)も之を失わんことを患えば、至(いた)らざる所無し。
現代語訳:
孔子は言った。「志が卑しく人格の劣った者と共に君に仕えることなどできようか。
地位を得ていないうちは得ることばかり考え、得てしまえば失うことばかりを恐れる。
そしてそれを失うことを恐れれば、どんな手段でも取るようになる。もはや、止まるところを知らなくなるのだ」。
注釈:
- 鄙夫(ひふ):志が卑しく、狭量で自利に走る人物。対義語は「君子」。
- 患(うれ)う:心配し、思い悩むこと。
- 苟(いやしく)も〜ば:もし〜であるならば、の意。
- 至らざる所無し(いたらざるところなし):どんな手段にも出る。節操を失うという意味。
原文:
子曰、鄙夫可與事君也與哉。其未得之也、患得之。既得之、患失之。苟患失之、無所不至矣。
書き下し文:
子(し)曰(い)わく、
「鄙夫(ひふ)は与(とも)に君(きみ)に事(つか)うべけんや。
其(そ)の未(いま)だ之(これ)を得ざれば、之を得んことを患(うれ)う。
既(すで)に之を得れば、之を失わんことを患う。
苟(いやしく)も之を失わんことを患うときは、至らざる所無し。」
現代語訳(逐語/一文ずつ訳):
- 孔子は言った:「鄙夫(下品な人間)は、君主に仕えるのにふさわしいと言えるだろうか? いや、そうではない。」
- 「まだ地位や利益を得ていないときは、それを手に入れることを気に病む。」
- 「いったん手に入れると、今度はそれを失うことを気に病む。」
- 「もし“失うこと”ばかりを気にするようになれば、どんなことでもやりかねなくなる。」
用語解説:
- 鄙夫(ひふ):品性の卑しい者。欲にとらわれ、節操や道義を欠く人を指す。
- 事君(じくん):君主に仕える、または上に立つ者に忠誠を尽くすこと。
- 患(うれ)う:気に病む、悩む。ここでは「過度に気にする」ことを指す。
- 苟(いやしく)も〜ば:もし〜であれば、ひとたび〜ならば。
- 無所不至(いたらざるところなし):どんなことでもしてしまう。手段を選ばず何でもやる。
全体の現代語訳(まとめ):
孔子はこう言った:
「卑しい人間が、果たして君主に仕えるのにふさわしいだろうか?
そのような人間は、まだ地位や利益を得ていないときは、それを手に入れたくて仕方がなく、
いざ手に入れれば、今度は失うことが心配でたまらない。
そんなふうに“失うこと”ばかりを気にし始めたら、どんな手段でも使うようになってしまう。」
解釈と現代的意義:
この章句は、**「欲に支配された人間の危うさ」と、「公に仕える者の品格」**について述べたものです。
- 卑しい者は、利益を求めて動き、地位に執着し、手段を選ばない。
- 孔子は、君主や国家に仕える者(=リーダー・公務に携わる者)は、高い道徳性と節操を持つべきであると説いています。
- 欲望にとらわれた人間は、一度“得ること”と“失うこと”に執着すると、不正・裏切り・暴力にすら手を染めかねないという警告です。
ビジネスにおける解釈と適用:
「地位や報酬を求めすぎる人間は、組織にとって危険」
- 昇進や成果報酬を得るまでは過剰に競争的で、
- 得た後は守ろうとして同僚を蹴落とす、部下を支配する、など“手段を選ばない行動”を取りがち。
「真のリーダーには“求めない美徳”が必要」
- 地位や報酬に執着するのではなく、「貢献」「誠実」「道義」こそがリーダーの資質。
- “失うことを恐れる”リーダーは守りに入り、変化を阻害する要因となる。
「評価制度は“人間性の試金石”でもある」
- 欲に支配される人は、評価制度によって暴走することがある。
- 組織文化として、“成果とともに徳を問う”姿勢が求められる。
ビジネス用心得タイトル:
「欲を恐れて節を失うな──“徳なき執着”は信頼と組織を壊す」
この章句は、「リーダーシップ」「職業倫理」「人間性」において、“得たい・守りたい”という欲望をいかに制御するかという本質的課題を示しています。
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