— 責任を担う者の選び方が、治世と乱世を分ける
太宗は、民を思い、毎晩眠れぬほど地方統治に心を砕いていた。
中央の目が届かない地方においては、都督や刺史といった地方長官の善政こそが、民の暮らしを支え、国家の安定を保つ鍵になるからである。
彼は地方長官の名前を屛風に書き、日夜目に入るようにして観察していた。善い行いがあれば、それを名前の下に書き加え、常に業績を意識していたという。
皇帝といえども、一人で国全体を治めることはできない。信頼して任せる人間――それが適任でなければ、国は傾く。太宗の姿勢は、任用の重要性と、現場で力を発揮する人材への敬意を表している。
ふりがな付き引用
「貞(じょう)観(がん)二年(にねん)、太宗(たいそう)、侍臣(じしん)に謂(い)いて曰(いわ)く、
『毎(まい)夜(や)恒(つね)に百姓(ひゃくせい)の間(あいだ)の事(こと)を思(おも)い、或(ある)いは夜(よ)に至(いた)って不寐(ねむ)らず。
惟(ただ)都督(ととく)・刺史(しし)、百姓(ひゃくせい)を養(やしな)うに堪(た)うるか否(いな)かを思(おも)う。
故(ゆえ)に屛風(びょうぶ)の上(うえ)に其(そ)の姓名(せいめい)を録(ろく)し、坐臥(ざが)に恒(つね)に看(み)る。
官(かん)に在(あ)って善事(ぜんじ)有(あ)らば、亦(また)之(これ)を名(な)の下(もと)に列(つら)ぬ。
深宮(しんきゅう)の中(うち)に居(お)り、視聴(しちょう)能(よ)くせず。
委(ゆだ)ぬる者(もの)は惟(ただ)都督・刺史(しし)のみ。此(こ)の輩(ともがら)実(じつ)に治乱(ちらん)の繫(かか)る所(ところ)、尤(もっと)も人(ひと)を得(え)るを須(もち)う』と。」
注釈
- 都督(ととく)・刺史(しし):いずれも地方を治める長官。前者は軍事的性格が強く、後者は行政を中心とする。ともに民政を担う要職。
- 屛風(びょうぶ)に名前を録す:皇帝が常に意識できるよう、名前を書いて監視と激励を兼ねた行動。
- 治乱の繫(かか)る所(ところ):天下が治まるか乱れるかは、彼らにかかっている、という意。
- 得人(とくじん):適材適所の人材を得ること。
ありがとうございます。今回は『貞観政要』巻一「貞観二年」に収録されている、太宗が民政と地方行政官の重要性を語った章句です。この言葉には、トップリーダーとしての太宗の覚悟、そして民と向き合う行政における「人の配置」の重視が非常に明確に表れています。
以下、ご指定の構成に基づき整理してまいります。
題材章句:
『貞観政要』巻一「貞観二年」──地方官の重要性と太宗の思考習慣
1. 原文
貞觀二年、太宗謂侍臣曰、「毎夜恒に百姓間の事を思い、或いは夜を達して寐(い)ねず。ただ都督・刺史が百姓を養うに堪(た)うるか否かを思う。故に屛風の上にその姓名を録し、坐臥(ざが)に恒にこれを見、官に在りて善事ある者は、またその名の下に列す。朕は深宮の中に居り、視聽(してい)能(あた)わず。委ねる者はただ都督・刺史のみ。此の輩、実に治乱の繋(かか)わる所、尤も人を得るを須(もち)う」。
2. 書き下し文
貞観二年、太宗、侍臣に謂(い)いて曰く、
「朕は毎夜、常に百姓(ひゃくせい=民衆)の間のことを思い、あるいは夜を通して眠れぬこともある。
ただ都督・刺史(ととく・しし)が、民を養うに足るか否かを思うゆえである。
ゆえに屏風の上にその氏名を記録し、坐(ざ)にも臥(が)にも常にそれを見ている。
もし官にあって善事のある者は、その名の下にさらに記す。
朕は深宮にあって、目と耳が届かぬゆえ、都督・刺史に委ねるのみである。
この者たちは、まさしく治と乱の鍵を握る者たちであり、とりわけ優れた人物を得ることが肝要である」。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
- 「貞観二年、太宗は側近にこう語った」
- 「私は毎晩、民衆の暮らしのことを考え続けており、ときには夜を徹して眠れないほどだ」
- 「特に、地方行政官である都督や刺史が、民をよく養える人物であるかどうかを思い悩んでいる」
- 「そのため、私は屏風に彼らの名前を記録しておき、座っていても寝ていても常に見て確認している」
- 「もし地方官の中で善政を行った者がいれば、その人物の名前の下にその実績を記録しておく」
- 「私は宮中深くにいて、現地のことを自分の目で見たり耳で聞いたりすることはできない」
- 「だからこそ、地方を任せるのは都督・刺史しかおらず、この人々こそが国家の治乱を左右する存在である。
だからこそ、特に人選が重要なのだ」
4. 用語解説
- 百姓(ひゃくせい):一般民衆、農民層を中心とした被支配者層全体。
- 都督(ととく)・刺史(しし):唐代における地方行政長官。軍事および民政を担う重要職。
- 坐臥(ざが):座る時も寝る時も。すなわち常時。
- 視聽不能(していふのう):自分の目や耳が届かず、現地の実情を把握できないこと。
- 治乱(ちらん):国家や地方の統治が安定するか混乱するか。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
太宗は側近たちに語った──
「私は毎晩、民衆の暮らしのことを思い続けており、夜も眠れないほどだ。
特に、地方の長官である都督・刺史が、民をきちんと養える人物かどうかが気がかりでならない。
だから、彼らの名前を屏風に記して、常にそれを目に留め、善政を行った者はその名の下に功績を書き加えている。
私は宮中にいて直接現場を見ることはできない以上、地方の統治を任せられるのはこの者たちだけだ。
この人選が国家の治乱を左右するのだから、最も慎重でなければならない」。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、**「現場主義」「責任ある人材配置」「リーダーの意識」**の重要性を説いたものです。
- 太宗は、中央にいる自分が地方の実情を見られないことを前提に、信頼すべき中間管理者=地方長官の配置が極めて重要だと説いています。
- 単に制度を作るだけではなく、「誰に任せるか」が国家や組織の安定に直結するという現実的な感覚を持っていることが分かります。
- また、「夜も眠れぬほど民を案じる」というリーダーの姿勢からは、真摯な公共心と、常に組織のことを考える執念が伝わります。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
A. 地方支店・現場拠点への信頼と厳格な人材配置
- 本社にいる経営者は、現場の全てを見られない。だからこそ、「現場を任せる人」が会社の命運を左右する。
B. 評価は“見える化”し、常に意識すべき
- 太宗が屏風に名前を貼り出して常に確認したように、重要ポストに誰を置いているかを可視化し、実績を継続的に観察・記録することが信頼と成果に直結する。
C. リーダーの“民意”への想像力が組織を守る
- 太宗のように、「今この瞬間、現場で何が起きているか」を想像し続ける経営者こそ、組織を守る真のリーダー。
8. ビジネス用の心得タイトル
「人を見て治まる、任せて国が立つ──現場を任す者を慎重に選べ」
この章句は、リーダーシップ、マネジメント、人材登用の根本をなす言葉であり、現代の組織運営にも強く響きます。
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