春が訪れ、花は美しく咲き、鳥はさえずる。自然界のすべてが、その恵みを惜しみなく分け与えている。
それにもかかわらず、人間——とりわけ教養があり、社会的地位も得て、豊かに暮らしている士君子が——
ただ自分の安楽のためだけに生き、世のため、人のために言葉を発することも、行動することもなければ、
それはあまりにも寂しく、価値のない生き方である。
そのような人物は、たとえ百年の寿命を得たとしても、誰かの役に立つ一言すら発さず、何ひとつ良い行いもしない。
それならば、たとえ生きていても、一日たりとも「真に生きた」とは言えない。
「知」と「地位」と「富」は、責任の裏返しである。
持つ者こそが、社会に還元し、人々に寄り添う言葉と行動をもって、その生の意味を証明すべきだ。
原文とふりがな付き引用
春(はる)至(いた)り時(とき)和(やわ)らげば、花(はな)尚(なお)一段(いちだん)の好色(こうしょく)を鋪(し)き、鳥(とり)且(か)つ幾句(いくく)の好音(こうおん)を囀(さえず)る。
士君子(しくんし)、幸(さいわ)いに頭角(とうかく)を列(つら)ね、復(ま)た温飽(おんぽう)に遇(あ)うも、好言(こうげん)を立(た)て好事(こうじ)を行(おこな)うこと思(おも)わざれば、是(こ)れ世(よ)に在(あ)ること百年(ひゃくねん)なりと雖(い)えども、恰(あたか)も未(いま)だ一日(いちにち)をも生(い)きざるに似(に)たり。
注釈(簡潔に)
- 士君子(しくんし):教養と人格を備えた人物。「知識人」「知徳を持つ人」とも言える。
- 頭角を列ねる:才能や地位が際立ち、世に現れてくること。
- 温飽(おんぽう):衣食が満ち足り、生活が恵まれていること。
- 好言・好事:人のためになる言葉や行動。善行・徳行の意。
- 未だ一日をも生きざるに似たり:実質的には生きていないに等しいという強い批判。
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