目次
財を惜しみ命を惜しまぬ者は、笑われて終わる
貞観の初年、太宗は側近にこう語った。
「人は、輝く珠玉をもったいなく思い、大切にする。雀を射るのにそれを使えば、惜しいと思う。
それなのに、生命という何より大事なものを、金銭と引き換えに差し出す者がいる。
これは、珠玉は惜しんでも、自分の命は惜しまないということではないか」
太宗はさらに、「もし忠義と誠実をもって国と民に尽くせば、官職も名誉も正しく得られる」と説いた。
それを捨てて不正な財物に手を出し、身を滅ぼす者の多さを「お笑い草」と断じている。
同じことは、君主にも言える。
欲望に任せて贅沢にふけり、民を酷使し、忠臣を遠ざけるような統治――
これこそ、国家が滅びる道である。
隋の煬帝の末路は、その典型例である。
この章が教えるのは、生命というかけがえのないものの尊さと、それを犠牲にして得るものの愚かしさである。
いかなる立場の人間であれ、私利私欲に溺れる者は、命を捨てて名誉も国家も失う。
真に守るべきは、名誉でも地位でもなく、「生き方」である。
出典(ふりがな付き引用)
「人(ひと)明珠(めいしゅ)有(あ)れば、貴重(きちょう)せざるは莫(な)し」
「若(も)し以(もっ)て雀(すずめ)を彈(はじ)くに用(もち)いば、豈(あに)惜(お)しからざらんや」
「人(ひと)の性命(せいめい)は明珠(めいしゅ)より甚(はなは)だ重(おも)し」
「乃(すなわ)ち財物(ざいもつ)を以(もっ)て之(これ)と易(か)えんや」
「贓賄(ぞうわい)顕露(けんろ)すれば、其(そ)の身(み)亦(また)殞(ほろ)ぶ」
「帝王(ていおう)も亦(また)然(しか)り。恣(ほしいまま)に放逸(ほういつ)し、忠正(ちゅうせい)を疎(うと)んずれば、一(ひと)つあれば足(た)らずして国(くに)滅(ほろ)ぶ」
注釈
- 明珠(めいしゅ):輝く宝玉、非常に貴重なものの象徴。
- 性命(せいめい):人のいのち。すべてに優先されるべきもの。
- 贓賄(ぞうわい):賄賂や不正な利益。受け取れば罪に問われる。
- 放逸(ほういつ):節度を失い、気ままにふるまうこと。リーダーの堕落を指す。
- 忠正(ちゅうせい):忠義と正しさを兼ね備えた臣下。これを遠ざけてはならない。
コメント