名誉を求める心が根から抜けていない者は、たとえ権力や財産を遠ざけ、
清貧な生活に甘んじているように見えたとしても、その心にはまだ「名を求める執着」が残っている。
そうである限り、その人物は真に俗世を離れた者ではなく、単なる“名誉の形を変えた中毒者”でしかない。
また、血気や野心が残っている者は、どれだけ世のため人のためになるような功績を立てたとしても、
それは「自分を目立たせたい」という衝動に突き動かされたものであり、
結局のところは“余分な技”にすぎず、真に価値ある行いとは言いがたい。
清貧や社会貢献の姿を借りた名声欲・承認欲求は、形を変えた執着にすぎない。
君子を目指すなら、まずその「根」を見極め、静かに引き抜く覚悟が必要である。
原文とふりがな付き引用
名根(みょうこん)未(いま)だ抜(ぬ)けざる者(もの)は、縦(たと)い千乗(せんじょう)を軽(かろ)んじ一瓢(いっぴょう)に甘(あま)んずとも、総(すべ)て塵情(じんじょう)に堕(お)つ。
客気(かっき)未(いま)だ融(と)けざる者(もの)は、四海(しかい)を沢(うるお)し万世(ばんせい)を利(り)すと雖(いえど)も、終(つい)に剰技(じょうぎ)と為(な)る。
注釈(簡潔に)
- 名根(みょうこん):名誉を求める心の根っこ。外からは見えにくい、根深い執着。
- 千乗(せんじょう):大国や権力の象徴。高い地位・影響力。
- 一瓢(いっぴょう):清貧な暮らし。『論語』由来の表現。
- 塵情(じんじょう):俗世間の欲望、よごれた心。執着が残っている状態。
- 客気(かっき):若さゆえの血気、目立ちたい・認められたい欲。
- 剰技(じょうぎ):余計な技、無益な行い。本質を欠いた努力。
1. 原文
名根未拔者、縱輕千乘甘一瓢、總墮塵情。客氣未融者、雖澤四海利萬世、終爲剩技。
2. 書き下し文
名根(みょうこん)未(いま)だ抜(ぬ)けざる者は、縦(たと)い千乗(せんじょう)を軽(かろ)んじ、一瓢(いっぴょう)に甘(あま)んずると雖(いえど)も、総(すべ)て塵情(じんじょう)に堕(お)つ。
客気(かくき)未だ融(と)けざる者は、四海(しかい)を沢(うるお)し、万世(ばんせい)を利(り)すと雖も、終(つい)に剰技(じょうぎ)と為(な)る。
3. 現代語訳(逐語/一文ずつ訳す)
- 名根未拔者、縱輕千乘甘一瓢、總墮塵情。
→ 名誉への執着(名根)が抜けていない人は、たとえ千台の馬車のような大いなる地位や富を軽んじ、貧しい一瓢の水に満足しているように見えても、結局は俗世の欲望に囚われている。 - 客氣未融者、雖澤四海利萬世、終爲剩技。
→ 他者への対抗心や虚栄心(客気)がまだ融けていない人は、たとえ天下を潤し万代の人々を益するとしても、それは所詮、上辺の技芸に過ぎない。
4. 用語解説
- 名根(みょうこん):名誉・名声に対する根深い執着心。
- 千乘(せんじょう):古代中国での諸侯の乗車数の象徴=高い地位・栄誉・富の象徴。
- 一瓢(いっぴょう):一つの瓢箪で水を飲むような、貧しい簡素な生活の象徴(孔子の弟子・顔回の逸話に由来)。
- 塵情(じんじょう):世俗的な情念。名利・欲望・虚栄など。
- 客気(かくき):外面的な虚飾・対抗心・虚栄心。真心に対する仮の気分。
- 剰技(じょうぎ):余計な技巧・表面的な技術。真の徳や価値に至らないもの。
5. 全体の現代語訳(まとめ)
名誉への執着が心の奥に残っている人は、たとえ外見上は質素で慎ましい生活をしていても、結局は俗世の欲望から抜け出せていない。
また、虚栄や他人への対抗心が心から消えていない人は、どれほど世の中に貢献しようとも、それは本当の徳ではなく、ただの表面的な技術にすぎない。
6. 解釈と現代的意義
この章句は、「本当の徳とは、心の奥底の執着を捨てることから生まれる」という、極めて厳しく深い自己観照の教えです。
- 名誉欲を捨てたつもりでも、“そのつもり”の中に執着が残っていないか?
- 世の中に貢献しているとしても、“名声”や“誇示”のためではないか?
- 真の徳行とは、表に見えず、心の純粋さからのみ湧き出るもの
このように、「内面の浄化こそが本質」であると明言しているのが、この章句の核心です。
7. ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
▪ 表向きの謙遜も、内心の承認欲求があれば“名根”は抜けていない
SNSや自己PR、組織内での「控えめな成功アピール」も、動機に名声欲があれば、それは依然として“俗に堕ちている”ということ。
▪ 社会貢献も、虚栄心を伴えば“技芸”に堕する
どれだけ寄付やボランティア活動をしても、それが「評価されたい」「企業イメージのため」といった自己利益に基づくものであれば、それは“剰技”=余計なテクニックに過ぎない。
▪ 真の価値は「見せるもの」ではなく「滲み出るもの」
リーダーシップもCSRも、表面的な実績や数字ではなく、「動機の透明さ」と「日々の姿勢」で評価されるべき。
本物は、無名でも貢献し続ける静かな力を持っている。
8. ビジネス用の心得タイトル
「徳は無欲の底に宿る──“目立たぬ純心”こそ真の貢献」
この章句は、「真の価値とは“無心の中にある”」という道徳的核心を突いています。
名を求めず、虚飾を去り、静かに清く人や社会のために尽くすことこそ、永続する徳の道といえるでしょう。
コメント