多くの財産を蓄える者は、いざという時に“大きく失う”。
そのため、お金持ちは、貧しい者のように「失うものが少ない気楽さ」には及ばないことがよくわかる。
また、高い地位に登りつめた者ほど、転落するときは一気に落ちる。
そのため、地位の高い者は、名もなき庶民が「変化の少ない日々を安心して過ごせる」ことには敵わないという真理に気づく。
つまり――
「多く持つこと」「高く登ること」は、必ずしも幸福に直結しない。
むしろ、「持たない」「目立たない」ことの中に、静けさと安定がある。
引用(ふりがな付き)
多(おお)く蔵(ぞう)する者(もの)は厚(あつ)く亡(ほろ)う、
故(ゆえ)に富(とみ)は貧(まず)しきの慮(おもんばか)り無(な)きに如(し)かざるを知(し)る。
高(たか)く歩(あゆ)む者は疾(と)く顚(たお)る、
故に貴(たっと)きは賤(いや)しきの常(つね)に安(やす)きに如かざるを知る。
注釈
- 厚く亡う(あつくほろう):大きく失うこと。損失が深刻であるさま。
- 慮り無き(おもんばかりなき):心配が少ないこと。気楽であること。
- 高く歩む者は疾く顚る:高い地位にいる人ほど、転落は急で激しい。
- 常に安し:変化の少ない平凡な暮らしは、安定していて安心できる。
関連思想と補足
- 本項も『老子』に強く影響された内容であり、
「甚だ愛せば必ず大いに費え、多く蔵すれば必ず厚く亡う」(第44章)に明確な対応が見られる。 - また、名声や成功は一見魅力的だが、維持するための不安とリスクを常に伴うことが暗に示されている。
- 『菜根譚』前集66条でも同様に、「高きを求めず、低きを守る」ことの精神的な安らぎを説いている。
- 現代でも、**「シンプルライフ」や「ローカル志向」**といった価値観が見直されている背景には、
こうした「安らぎは持たないことから始まる」という智慧がある。
原文
多藏者厚亡、故知富不如貧之無慮。
高步者疾顚、故知貴不如賤之常安。
書き下し文
多く蔵(ぞう)する者は厚く亡(ほろ)ぶ。故に富は、貧しきの慮(おもんばか)り無きに如(し)かざるを知る。
高く歩む者は疾(と)く顚(たお)る。故に貴は、賤(いや)しきの常に安きに如かざるを知る。
現代語訳(逐語/一文ずつ訳)
「多く蔵する者は厚く亡ぶ」
→ 財や物をたくさん蓄える者は、その分だけ大きな損失や滅びを経験しやすい。
「故に富は、貧しきの慮り無きに如かざるを知る」
→ だから、富むことは、何の心配もなく安らかに暮らす貧しき者に及ばないことを悟るのだ。
「高く歩む者は疾く顚る」
→ 地位が高く傲慢に振る舞う者は、早く転落する。
「故に貴は、賤しきの常に安きに如かざるを知る」
→ だから、尊い地位にあることは、卑しい身分でも常に平穏であることには及ばないと知る。
用語解説
- 多藏(たぞう):多くを蓄えること。財産や名誉など。
- 厚亡(こうぼう):大きく失う。蓄えが多いと、そのぶん失うときの損失も大きい。
- 無慮(むりょ):思い悩むことがない、心配がない状態。
- 高歩(こうほ):地位が高く、尊大に振る舞うこと。
- 疾顚(しつてん):急速に転落・失敗すること。高いほど落ちるのも早いという教訓。
- 貴(き):尊い、位の高いこと。
- 賤(せん):卑しい、地位の低いこと。
- 常安(じょうあん):常に安定していること。安心して暮らせる状態。
全体の現代語訳(まとめ)
財産をたくさん蓄える者ほど、その損失も大きくなりやすい。
だから、富むことは、むしろ何の心配もなく生きる貧しき者に劣ると知るべきだ。
また、尊大に振る舞う者ほど、転落も早い。
だから、地位が高いことは、卑しい身分でも平穏に暮らせることに比べて、かえって劣っていると知るべきだ。
解釈と現代的意義
この章句は、**「多くを持つこと・高くあることが、必ずしも幸せや安定につながらない」**という逆説的な人生の真理を説いています。
- 富と地位が増えるほど、守るものが多くなり、失うリスクやストレスも増大する。
- 一方で、何も失うものがない人は、心配や執着が少なく、精神的には安定している。
これは仏教・道教・儒教に共通する「中庸・知足・安常」の価値観を端的に表した言葉です。
ビジネスにおける解釈と適用(個別解説付き)
1. 「過剰な蓄積は、リスクを生む」
人材・資産・顧客情報などを“持ちすぎる”と、管理負担やセキュリティリスク、メンテナンスコストがかえって増大します。
“必要十分”の考えで、持ちすぎない組織設計や運営が重要です。
2. 「過度な上昇志向は、転落を早める」
早すぎる出世や成長は、基盤が不安定なまま高所に立つことになり、一度のミスで大きな信用を失いかねません。
特に若手リーダーやスタートアップには、「高く歩む者ほど慎重であるべき」との教訓が響きます。
3. 「地位や富より、“安定した心と日常”の価値を知る」
忙しさ・責任・競争に追われるより、日常的な安定・精神的余裕をもって働く人材が、結果的に持続可能な成果を出すという考え方です。
ハイパフォーマーほど、あえて“少なさ”や“平凡”の価値を見直すべきです。
ビジネス用の心得タイトル
「高く求めず、多く持たず──静かな日常が真の安定」
この章句は、「持たず、求めず、そして安らかに」という、生き方の根本的なあり方を教えてくれます。
コメント