名声を得ようとする努力や誇りも、世俗的には立派に見えるかもしれない。
だが、それを巧みにかわし、あくせくせずに生きている人には、
人間的な“趣(おもむき)”や“深み”において到底及ばない。
また、多くのことをこなして物事を成し遂げるのも素晴らしい。
しかし、それ以上に、やることを減らし、心に“間(ま)”と余裕を持って生きている人には、
落ち着きや格の上でかなわない。
本当に豊かな生き方とは、名や成果に執着せず、
**“省いて、引いて、静かに味わう”**姿勢にあるのだ。
引用(ふりがな付き)
名(な)に矜(ほこ)るは、名(な)を逃(のが)るるの趣(おもむき)あるに若(し)かず。
事(こと)を練(ね)るは、何(なん)ぞ事(こと)を省(しょう)くの間(ま)なるに如(し)かん。
注釈
- 名に矜る:名誉や名声を誇る。自己肯定の根拠を外部評価に求める状態。
- 名を逃るるの趣:「名声など求めない」とする姿勢。かえって深みや趣を感じさせる。
- 事を練る:あらゆることに手を出し、精通しようとする。
- 事を省くの間:やることを減らし、時間や心にゆとりを持つこと。
- 趣(おもむき):品位・雰囲気・味わい。内面的魅力。
関連思想と補足
- 『老子』第48章:「天下を取るは、常に無事を以てす」――手を加えすぎず、むしろ“しないこと”によって道が見えるという教え。
- 『菜根譚』後集2条、21条も、**「何もしないことの深さ」「静けさの力」**を説いており、本項と響き合う。
- 忙しさや称賛を求めることは現代でも一般的な価値観だが、だからこそ、
**「少なくして、深く生きる」**態度が持つ威厳と趣は、かえって際立つ。
目次
原文:
矜名、不若逃名之趣。
練事、何如省事之閒。
書き下し文:
名に矜(ほこ)るは、名を逃るるの趣あるに若かず。
事を練るは、何ぞ事を省くの間(ひま)なるに如かん。
現代語訳(逐語/一文ずつ):
- 「名に矜るは、名を逃るるの趣あるに若かず」
→ 名声や肩書に誇りを持つことは、むしろそれを逃れて自由に生きる趣(おもむき)には及ばない。 - 「事を練るは、何ぞ事を省くの間なるに如かん」
→ 物事に熟達しようと努力するよりも、むしろ物事を減らし、ゆとりを持って過ごすことの方が勝っているのではないか。
用語解説:
- 矜名(きょうめい):名声・名誉・肩書を誇ること。
- 逃名(とうめい):名誉を求めず、むしろ避けること。目立たないことを好む姿勢。
- 練事(れんじ):物事に熟達しようと努力すること。スキルや技術の研鑽。
- 省事(しょうじ):不要なことを省く。やるべき事柄を絞ること。
- 間(かん/ひま):ゆとり、余白。時間的・心理的余裕。
全体の現代語訳(まとめ):
名誉や肩書に誇りを持つことは、むしろそれを避けて自由に生きることのほうが、よほど深い趣がある。
また、物事を磨き上げて上達を目指すよりも、そもそも不要なことを省いて余白を得る生き方のほうが、心に豊かさをもたらすのではないか。
解釈と現代的意義:
この章句は、**「過剰な努力や執着を手放すことで、かえって深い豊かさが得られる」**という逆説的な真理を表しています。
1. “名声”は追えば縛られ、逃げれば自由になる
- 肩書や評判を気にして生きると、他人の期待に縛られる。
→ 名を成すことにこだわらない人の方が、真に自由であり、趣ある生き方となる。
2. “多くをこなす”より“少なくて深い”を選ぶ
- スキルアップや多能化も大切だが、やることを減らし、ゆとりある時間にこそ本質的な気づきや創造が生まれる。
→ 忙しさは成長の敵であることもある。
3. 本当の知恵は、引き算にある
- 足すことで成長するフェーズから、省くことで深まるフェーズへ。
→ “研鑽よりも簡素”が成熟の姿。
ビジネスにおける解釈と適用:
1. “ブランド重視”より“本質重視”の姿勢
- 「肩書」「称号」「役職」に執着する社員は、外面を飾ることで疲弊しがち。
→ 「名前ではなく、何を残したか」が重要。
2. “スキルを磨く”だけでなく、“不要を省く”設計力を
- スキルや業務範囲を広げることよりも、やるべき仕事を減らす判断が、真のパフォーマンス向上に繋がる。
→ 「やらないことリスト」こそ最強の成長戦略。
3. リーダーの「余白」は組織の知性
- 忙しすぎるリーダーは、判断を誤る。意識的に「間(ま)」を持つことが、長期的な意思決定力を生む。
→ 「省事の間」が未来を創る余裕となる。
ビジネス用心得タイトル:
「肩書を捨てて趣に至り、練磨より省略に知恵を得よ」
この章句は、「やる」「得る」「磨く」という“攻めの姿勢”が常に最良ではなく、
むしろ“捨てる”“避ける”“減らす”という選択が、真の充実と成熟をもたらすという逆説的な教えです。
人生もビジネスも、足し算ばかりでなく引き算で整える力が必要です。
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