李百薬は、皇太子の李承乾に対して、深い憂慮と敬意を込めて「賛道の賦」を著した。
その詩賦は、過去の名君と暗愚な世継ぎの対照を描きながら、皇太子に対し正道を歩むよう促す諷刺と訓戒であった。
天命を受けて民を治める者には、並外れた知性と努力、そして道徳が求められる。
地位は先祖から受け継げても、その徳は自らが積み上げなければならない。
昼夜の学びと礼節、民への思いやりを欠けば、その輝きは瞬く間に失われる。
歴史に名を残した名君は、忠孝と仁義を重んじ、師を尊び、道に励み続けた。
一方で、遊興や女色、狩猟や建築、奢侈に溺れた太子たちは、ことごとく国を危うくした。
学びを怠り、耳を貸さず、賢者を遠ざけた者には、必ず報いがある。
李百薬のこの直言は、儒教的倫理の結晶であり、世継ぎとしての皇太子に求められる在り方を明確に示す。
国家の安泰は、君主の徳と慎みによって築かれる。
正しき師に学び、正しき道に従い、身を修めてこそ、天命を継ぐに値する。
引用(ふりがな付き)
生(う)まれながらにして深宮(しんきゅう)に在(あ)り、群后(ぐんこう)の上(うえ)に処(お)り、未(いま)だ王業(おうぎょう)を深(ふか)く思(おも)わず、匕鬯(ひちょう)を自(みずか)ら珍(たっと)ばず。
富貴(ふうき)を自然(しぜん)と謂(い)い、崇高(すうこう)を恃(たの)んで矜(ほこ)る。
必(かなら)ず驕(おご)り狠(にく)むに恣(ほしいまま)にし、礼譲(れいじょう)をもって動(うご)くに愆(あやま)る。
注釈
- 王業(おうぎょう):天命を受け、天下を治めるという政治的使命。
- 匕鬯(ひちょう):祭祀のときに使う香酒。祖先を大切にする心の象徴。
- 崇高(すうこう)を恃(たの)む:高い地位にあることを拠り所として傲慢になる様子。
- 愆(あやま)る:過ちを犯す、間違うこと。
『貞観政要』巻一「張玄素、太子承乾の奢侈と廃学を諫む」より
1. 原文の要約
貞観十三年、太子承乾は狩猟に熱中し、学問をおろそかにしていた。太子右庶子**張玄素(ちょう・げんそ)**は、上書してこれを諫め、「学問を修めず、礼度を欠き、狩りに溺れることは、太子としての本分に悖る」と訴えた。
玄素は再三諫言したが承乾は怒り、「庶子は気が狂ったのか」と非難した。貞観十四年、太宗は玄素の忠言を知り、銀青光禄大夫・太子左庶子に任じて評価した。
しかし承乾はますます横暴となり、宮中で鼓を打ち鳴らし、玄素が苦言を呈すると鼓を破壊した。その後、玄素を殺そうと刺客を送り、ほとんど死に至るほどの重傷を負わせた。
さらに承乾は観亭(庭園・別荘)の建築に耽り、費用は膨大に膨らんだ。玄素は再び上書し、「恩旨が出てから六十日も経たぬうちに、七万の物資を使うとは驕奢の極み」と非難。忠臣や学者を遠ざけ、伎女や工芸家ばかりが集う現状を憂いた。
「忠言は疎まれ、善人は疑われる。正諫すれば排除される」と述べたが、承乾は怒りを深め、ついには刺客を放って玄素を殺そうとする。やがてこの一連の放縦は太宗にも伝わり、太子承乾は廃されるに至った。
2. 書き下し文(抄)
臣、聞く『皇天は親しむ無し、惟(ただ)徳をこれ輔く』と。もし天意に違えば、人も神もこれを捨てん。
古の三驅の礼は、殺を欲せず、百姓の害獣を除くにあり。
(→天は無私であり、徳ある者を支援する。狩猟も本来は民のため)
太子、畋(かり)に耽りて学を廃す。今の苑囿(えんゆう=遊猟地)の狩り、名は異なれど実は放逸。
君子たる者、学を修むるは古を師とするにあり。孔穎達・趙弘智の如き、学徳兼備の賢人を近侍させて学ぶべし。
(→師に学び、経を読んで自らを省みよ)
騎射・酣歌・妓楽は心神を濁らせ、本性を損なう。『心は万事の主、節なければ乱る』とは古人の教えなり。
今、太子は奢侈に走り、費用は日に膨れ上がる。恩詔より六十日にして七万もの物資を用いるとは、何をもって節を語ろう。
宮中には賢人の姿はなく、工匠・伎女・絵師ばかりが集う。礼も忠も見られず、驕奢淫乱の風が蔓延する。
古人曰く『苦薬は病を癒し、苦言は行を利す』。安きに居りて危うきを思え。
3. 現代語訳(まとめ)
張玄素は、太子承乾の学問離れと贅沢・放縦な行動を繰り返し諫めた。古人の教えを引いて、**「狩猟に耽りすぎれば心が乱れ、学ばねば礼も知らず、国家を担う器にはなれない」**と説いた。太子の傍にいるべきは孔穎達や趙弘智のような賢人であり、伎女や画工ではない。
しかし太子は怒り、玄素に殺意を抱き、刺客を放って傷つけるに至る。最終的に太宗はこれを問題視し、承乾を太子位から廃した。
4. 用語解説
用語 | 解説 |
---|---|
畋(でん) | 狩猟。太子の遊興の象徴。 |
三驅 | 古代の礼に基づく節度ある狩り。民を守るための名目がある。 |
苑囿(えんゆう) | 皇族・貴族の庭園や狩場。 |
孝経義疏 | 『孝経』の注釈。儒教の基本倫理を教える経書。 |
銀青光禄大夫 | 唐代の名誉ある官位。皇帝による高い評価を示す。 |
匕鬯(ひちょう) | 王族が祭祀に使う神聖な供物。徳と儀式の象徴。 |
工匠・雕鏤(ちょうる) | 職人や工芸家。ここでは徳のない者として否定的に描かれる。 |
5. 解釈と現代的意義
この章句は、リーダー育成において重要な三点を指摘しています:
- リーダーの徳と節制が最も重要であること
奢侈・遊興に流れると、自制心を失い組織を滅ぼす。 - 教育と諫言が真の成長を促す
進言を拒み、賢人を遠ざける者は失敗する。 - 真の補佐役とは、命を懸けてでも主君を正す者である
張玄素の忠言は権力への忖度を超えた「公共のための諫言」である。
6. ビジネスにおける解釈と適用
- 「リーダーの堕落は放縦から始まる」
高位者こそ日々の節度と自省が問われる。遊興の管理は経営管理そのもの。 - 「忠言は、排除ではなく称賛すべき」
耳の痛い助言を拒めば、組織は必ず崩壊へ向かう。 - 「人物を見る目がなければ、組織は賢を失い奸を近づける」
徳を重んじる人材評価と、率直な文化を維持する必要がある。
7. ビジネス用心得タイトル
「耳を塞げば、忠は遠ざかる──奢りが徳を壊す」
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